【『卒業政策』vol.6 】「じぶんごと」で考えて動くように

教育や地域のことに携わってきた私にとって、2010年に出会った「新しい公共」や「熟議」の考え方はしっくりくるものでした。私自身は、ながらく「熟議」を、方法として捉える勘違いをしていましたが、実際はそうではないということにようやく気づきつつあります。それでもまだ、「熟議」や「新しい公共」の本質は分かっていません。だんだん自分の中でみえてきたことは、問題を「じぶんごと」として捉えて、そして動いていくということです。これを実践することって、なかなか難しい。

2010年に「熟議」という言葉をなんとなく耳にしたとき、友人が突然「俺は、熟議をしなきゃいけないんだ」と言い出しました。なんのこっちゃ分からないなかでメーリングリストに入れられ、そしていつのまにか携わっていた「リアル熟議in日吉」。7月24日に、仲間たちと熟議を主催した時の機材準備ぶりはものすごいものだったと思い出されます。全面Ustream中継やTwitterでの実況などを行い、大々的なイベントになりました。その後私は、文部科学省熟議協働員という役名を拝命してしまい、とくに何ができた訳ではなかったのですが、なまじhttp://real-jukugi.org/ というドメインをとってしまったり、大学熟議主催団体の一員だったことから熟議懇談会委員のみなさまと就職活動について話し合うという役回りを与えられたこともありました。とにかく2010年から2011年にかけては、「熟議」がブームのように感じることもありました。

「熟議は課題解決の方法なんだ」と考えを改めることになったのが、教職員熟議Saitamaという取り組みです。埼玉県を中心とする先生方といっしょに熟議を運営し、「学校をチームにする」というテーマで、連続の熟議に取り組みました。そのあたりから、それぞれが持っている課題をもちより、ひざ詰めになって話し合いながら、実際の行動に落とし込んでいくという取り組みであると解釈するようになりました。特に、連続熟議ということで、課題を抽出する熟議、その解決方法を考える熟議、時間をおいて実際に行動をとってその反省をする熟議、そしてまとめの熟議という4回にわたって実施しました。先生方のチームとともに、「熟議を学校に!」という提案書を制作したことが思い出されます。

そのさなかに起きたのが、311の震災でした。あのときは、自分の身を守ることや、家族の心配をするのはもちろんですが、「なにかしなきゃ」という焦燥感が先行していました。自分にできることはないか、なにかの行動にでなければいけない、そのように考えている中で、「熟議」で出会った皆さんはそれぞれに行動を起こしていました。「プロジェクト結」に関わるようになったのもそれがきっかけです。プロジェクト結は、「子どもの学びと遊びを支援する」という理念のもとに、石巻で「学校サポート」や「子どもの遊び場」、そして現在では託児所事業を展開しています。現在の形になるまでの過程で、石巻の現地で活動するメンバーや、それを東京で支えるメンバーが、何度も話し合いを重ねてきました。もちろん、現地で起きていることに対して、メンバーは真摯に向き合ってきました。

私自身は何ができたかといえば、ただ言われるがままにやっていただけだ、と認識しています。「僕には、なにもできていない」と思う日々もありました。プロジェクト結では「やりたい人が、やれることを、やれるだけ」という考え方があります。あくまでも、ボランティア・プロボノ組織である以上、過度な負担を持つことは避けなければいけません。それでも、自分がやりたいと思って参加している以上、それが続くようにしながらも、やりたいことを全うすることにこそ意義があるのだと思います。時おり自分でも恥ずかしくなるのが、自分自身でも「じぶんごと」に引き寄せて、行動をとれない部分があるという点です。

最近、この「じぶんごと」に引き寄せて考えて行動をとるところに、熟議の考え方の本質があるんじゃないかと思うようになりました。まだ自分にはできていないことです。でも、問題をだれかに任せきりにしないで、自分のこととして取り組んでいこうとするからこそ、課題もみえてくるし、解決策も具体的になるし、それに対する納得度も変わってくるのでしょう。そのために熟議を行うのであって、決して熟議はイベントごとでもなければ方法論でもない、ということが、ようやく見えてきました。私には、「熟議民主主義」の学術的な議論は全く分かりませんが、それでも「じぶんごと」の5文字に落とし込むことによって理解をするようになりました。この理解を、今度はきっちりと、自分の実践に落としていけるように頑張りたいと思います。


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