【『卒業政策』vol.1 】地域づくりの担い手とは – イルミネーション湘南台を通じて

 私が学部生としての一歩を踏み出してから最初に取り組んだのが、イルミネーション湘南台の活動です。大学の最寄り駅である湘南台駅は、小田急線を挟んで東西に分かれており、地下コンコースでつながっています。比較的新しい街でありながら、広島県広島駅よりも多い乗降客数を誇り、ベッドタウンとしてだけでなく、多くの大学の最寄り駅として使われる文教地区や、近隣の工業団地の玄関口としての機能を持っています。その一方で、伝統や文化と言われるものはほとんどなく、商店街や地域住民の努力と工夫に寄って、文化創造が行われている地域でもあります。活動では毎年冬場に、その東西の大通りや商店街にイルミネーションを取り付け、また地下コンコースには巨大クリスマスツリーを設置しています。すでに10年以上続く活動で、慶應SFCの学生サークルと、地域商店街、地域住民、行政担当者が実行委員会を組んで取り組んできました。

 入学したての僕にとって、地域活性化は興味のあるテーマの一つでした。地元の魅力に気づいてもらい、若い人たちの活気があふれる街づくりについて思うところがあったため、このプロジェクトは僕にとって最良の実践の場だと思った訳です。1年目には音楽ワークショップという企画を運営し、2年目には音楽イベントの実施、3年目は子ども対象の企画の運営を行いました。そうした企画の運営の他にも、地域の企業や商店のみなさんへの協賛金のお伺いや、イルミネーション取り付け、企画を運営する上での学校との折衝などなど、とにかく湘南台地域のことを本当によく理解できるほどに駆け回りました。

 大学生が中心となり、地域の皆さんを巻き込んで企画を運営していくことは本当に辛くもあり楽しいことでした。たくさんの地域の方とのつながりができ、顔を合わせれば挨拶するのはもちろん、イルミネーション湘南台以外の地域活動にも参画することもたくさんありました。たとえば、地域の子どもたちの夏キャンプだったり、商店街主催のイベントでの司会業だったり。それはそれはかけがえのないもので、湘南台は僕にとって第二のふるさとのようになり、たくさんの魅力を発見しました。しかし一方で考えていたことは、「大学生はいつか離れていく存在」ということです。

 あるとき僕は、「地域の住民の手によって回っていくことが最終ゴールだ」と実行委員会の中で発言したことがあります。所詮はよそ者でしかない大学生という存在は、高慢にならずに、愚直に泥臭く地域の人々と関わっていかなければいけません。そういう関係性を、それまでの先輩方は本気で築いてきました。そのおかげで、長い間続く企画になったことは確かです。しかし最終的には、それが住民の手に渡ってもなお継続することが大事だと僕は考えています。同時に、いつかはいなくなる存在であることを自覚した上で、最後まで責任を持った関わりが大学生には求められるのだと思います。

 そしてもう一つ、私が「いつかはいなくなる存在」であるからこそ心がけたことは、子どもたちの意識を地域づくりに向けることでした。たとえば、3年目には学校企画担当として、小学校の子どもたちに湘南台の好きなところの絵を描いてもらう企画を引き継ぎましたが、それまでの「好きなところ」というテーマを「ありがとう」に変え、自分たちの街の魅力に感謝するということを行いました。それ以上に心がけたのが、中学生ボランティアをどう巻き込むか、という点です。街の活性の担い手は、そこに住む子どもたちだと考え、イルミネーション湘南台の場を、単なるボランティアの場としてだけでなく、複数中学校のコミュニケーションの場や、地域の人と関わるトレーニングの場と捉えて、さまざまなことを、あまり指示せずに自分たちで考えて取り組んでもらいました。こちらが予想した以上に、自分たちから主体的に動いてくれた中学生ボランティアたちにとって、イルミネーション湘南台は「居場所」と化していたのかもしれません。

 その後、ある事情があって、慶應のサークルとしてのイルミネーション湘南台は解散することになります。が、地域住民の主導と複数の大学生の関与によって、イルミネーション湘南台は継続しています。そして現在の担い手は、高校生になった「中学生ボランティア」たちです。彼らは、もがきながらも地域の人々と関わり、まわりの友人を巻き込みながらイベント事業を運営してきました。いまや、そうしたコアメンバーのほとんどが、湘南台の地域住民の高校・大学生です。湘南台にとって、このことは大きな価値を持ったと言えるでしょう。地域づくりの担い手をどのように育てるかが、地域に問題意識を持つ「よそ者」大学生に求められることではないでしょうか。


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