私の Vision / Mission / Value

明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、年頭のご挨拶も兼ねて、これまでと変わらない、今後の自分の在り様を表す Vision / Misson / Value について、その背景も含めて書き記しておきたいと思います。

というのも、2022年には、拠点やら仕事やらにおいて、変化が発生することが見通せている状態であり、そうなったときに、すくなくとも3年前に設定した自分の Vision / Mission / Value のうち、特にMissionが変わってきそうな気がしたのです。しかし少し考えてみて「いや、変わらないな」と気づきました。しかしながら、対外的なプレゼンで Vision / Mission / Value を出して話すことは多いものの、それがいったいどういう意味なのかを文面に起こしたものがないことに気づきました。そこで、改めて自分に言い聞かせる意味でも、年頭の目標設定のごとく執筆をしておこうと思います。

Vision
この生きづらい世の中で
勇気と気づきが
まだ見ぬ明日を切り拓く

Mission
学校と社会をなめらかに

Value
わたしとは違うあなたと
一緒にうまいことやって
誰かに役立つことをする

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なれない革靴で、足が痛い

ただいま、飯塚。ただいま、我が家。

ここのところ東京に行きまくっていた。懲りずに受けた国家公務員経験者採用試験(係長級(事務))のために、10月初旬と11月初旬に、さらには試験通過後の某省の官庁訪問のために11月下旬に。すべて自費の交通費もバカにならないが、冬のボーナスで精算。

そこへきて、この週末にまた上京。大学時代からプロジェクトを共にした後輩ながら、気づけば飯塚の地で私より先に学校教員をしたTFJフェローの先輩。彼女のプロジェクトも引き継いだ部分があった、ということもあり、「いったい俺は何枠?」というところで列席した挙式と披露宴は、晴天に恵まれ、暖かい演出のもと、つつがなく行われた。めでたい。

そこへきて、土発日着にすればよかったものを、金夜発にしてしまい、そして徹底的に荷物を減らそうとした結果、昨年購入してそれから登場機会の少なかった革靴を履いて、その革靴で2泊3日を過ごした。

結果、足が痛い。 続きを読む

“Try Something New” という生徒会コンセプトをめぐるいきさつ

生徒会顧問教師をしています。

マクロミル勤務時代は、人事として、現場のマネジメント課題に対して寄り添ったり、社員の成長を願いながら手立てを講じたりしてきましたが、その実、マネジメント職にあったことはありませんでした。チームメンバーをもって、成果達成のための仕事にあたる、という意味でのマネジメント業務についたのは、生徒会顧問としての職務が初めてでした。

2020年1月に発足した令和2年度執行部、そして2021年1月に発足した令和3年執行部の、2つの年度の担当をして、どちらの年度の執行部でも、期初に「年間コンセプト」を定めることにこだわりを持ってきました。つい先日、令和3年執行部・2学期の一大イベントである「文化発表会」を終えたのですが、今年の文化発表会に向けた取り組みは、この年間コンセプトを体現したと言っても過言ではない活動になりました。

タイトルにある “Try Something New” は、その令和3年執行部の生徒会コンセプトです。正式には

Try Something New
〜おそれない・みはなさない・あきらめない〜

という表記です。今回は、このコンセプトの出自と、そこにこだわった結果、起きたことについて、書いていきたいと思います。 続きを読む

教員が「社会」に十分通用する4つのポイント – TFJフェローの修了論文として

Teach For Japanのフェローシッププログラムの2年間を終えた。

最低もう一年、2021年4月からを今いる福岡県飯塚市で、教員として過ごすことにした私にとって「終わり」という意識はこれっぽっちもない。けれど間違いなく、寄付者からの応援と、職員からのサポートと、同じフェローどうしの支えを受ける、という立場は終わりを迎えた。

日本全国から、教員免許の有無・社会人経験の有無に関わらず、教育への熱意を持つ人を集めて、地方自治体に常勤講師としてマッチングをするフェローシッププログラム。このプログラムの一つの意義は、2年間という限られた期間の中で、教育現場でもがきつつもチャレンジをする、その姿自体と、そこから見えてきたことを、世の中に発信することを通じて、教育という social agenda に光を当てることにあると思う。一人のフェローが起こせるソーシャルインパクトは小さくても、そのストーリーが誰かにとっての力となり、違った形でインパクトを生む、ということを信じるほかない。

3月27日にプログラム修了式を迎え、修了生としてプレゼンテーションをした。タイトルは「僕はこの仕事に向かない」にした。この話を職場の同僚に話したら、自虐がすぎると言われたが、私にとっては自虐というよりも自戒に近い。それほどに、私の2年間は「人としての足らずを知る」期間であり、自慢したいキラキラする実践にもチャレンジできたが、それ以上に教員という仕事の「しんどさ」と「とうとさ」を痛感するとともに、奇を衒ったものではない「ふつう」の実践を遂行するプロ性にこそ、他の職業に比しても誇れるスキルやコンピテンシーが詰まっていると感じた。

大学と院で外国語教育学を学び、教員免許も英語と社会を取得し、それでも民間企業に出てマーケティングと人事を務め、かたわらで教育系NPOの活動に従事し、なるべくしてなった教員という仕事。準備を重ねてもなお「太刀打ちできない」と感じるほどに、誇ってしかるべきこの仕事は、その実、学校外からは「やりがい」という情緒的側面で認識されるにとどまる気がしている。そして、いやむしろ、その情緒的側面での捉え方をしているのは、かくいう教員自身であり、いわゆるビジネス界との共通言語を持たないが故に、ある種不当に「社会に通用しない」と思い込まされているところがあると思う。

文科省が展開している #教師のバトン というプロジェクトが、スタート当初に阿鼻叫喚の様相を呈したように私の目には映ってしまった。思ったことは二つで、一つは、多くの教員が「そんなことよりこの大変さをなんとかしてくれ」という叫びを上げているんだなということ。もう一つは、しかしその叫びが自らの仕事に対する印象、あるいは魅力や価値そのものを下げるに至っているんじゃないか、ということだった。文科省もお気楽と性善説でこうしたプロジェクトをやればどうにかなるだなんて思っているとは考えられない。現場の状況をわかってもなお、スパゲッティ・イシューと化した学校教育の諸問題に対する、チャレンジの一つだろう。

私にできること。それは自らのミッションである「学校と社会をなめらかに」するために、いまや学校サイドにいる人間として、「社会」と呼ばれる側の共通言語を用いて、教員の魅力を語ることにある。勝手ながらにそう思っている。今回は4つのポイントでそれを語っていく。

  • 授業設計と事業企画のプロセスは似ている
  • 教員はピープルマネジメントのプロである
  • 教員の仕事は企画職としての機会だらけだ
  • 学校はマーケットと流行の縮図とも言える

まるで修了論文みたいなもんだと思って、いつもの長文はご容赦願いたい。まとめるのは無理だ。それほどまでに想いと誇りがある仕事であり、たとえ「僕はこの仕事に向かない」としても、「それでも果たすべき責任がある」といって、この仕事にとどまることを決意した、その覚悟が故の文字数である。 続きを読む

文部科学省職員になろうとしたけれど面接で落ちたので、考えた結果もう一年飯塚に残ることにしました

年末である。いろんなことが起きた2020年だった。振り返りの記事を書く人が多い中、今年の年末は家で過ごす人も多かろうから、そういう方にとっての暇つぶしくらいにはなるだろうと思い、私も1年の振り返りの記事を書くことにするのである。このブログは、自分が自分らしく自分を表現できる舞台である。関係各方面から怒られさえしなければ、恥ずかしみもなく、陰も陽もひけらかすのである。

といいつつ、去年この記事でやったように、1年のなかでのある一部分を取り出した内容を中心に展開する。本当にこの1年、いろんなことがあったわけだが、10月から11月にかけての、標題にあるような顛末が、ある意味今年のハイライトになってしまった。それくらい、私にとっては大きな出来事であった。

記事のタイトルも

「得たいと思ったものを得られなかった話」

とか

「キャリアの挫折を味わって、そしてその後について」

とか、バリエーションを用意できたのだが、どうせここから書いていく内容も、グジグジとグルグルするだけで長文になるしかないのだから、もっともストレートにメッセージを伝えられるタイトルにしておこうと思ったわけだ。一応、冒頭で珍しくサマリを書いておくと、以下の通りになる。

  1. この状況下にありながら、TFJフェロー2年目は成果を出しまくったと思う
  2. 自分の強みは「企画屋」としての振る舞いだと考え、国家公務員経験者採用を受けた
  3. 経験者採用試験の合格者名簿に搭載されたが、「即戦力として光るものが見えない」とのことで、官庁訪問終了となった
  4. いろいろ考えた結果、あと1年は飯塚に残ったほうがいいと思い、講師登録を出した
  5. 来年度にやりたいプロジェクトが頭に浮かんでいるが、その先のことは一切見えていない

では、つらつらと書き始めてみようと思う。(書き終えての追記だが、18,605文字になった) 続きを読む

学年通信文学「修学旅行で泣いた私」

生徒たちの日々の様子を伝えることが目的である学年通信。それを担当して2年目、毎週文章を書いているのですが、昨年度の終わりに書いたこの記事が好評だったことをいいことに、今年度は毎回「今週のオマケ」コーナーをつくって、QRコードで動画やサイトのリンクをつけたり、本の引用をしたりしています。今回は、どうしても書きたくなって、私の個人的な思い出話を書きました。 続きを読む

「いま、それぞれの居場所から」を終えて、これからを見つめる

2020年6月22日に、32歳を迎えました。ここまで、総じていきいきとした人生を送ることができたのは、関わった皆さんのおかげです。ありがとうございました。いまはそれから1週間経ったのですが、誕生日直前の週末、31歳最後の一大イベントとして実施してみた、オンラインインベント「いま、それぞれの居場所から」を振り返ってみたいと思います。

公称2時間、実態としては3時間ほどになるオンラインイベントを3本も主催し、しかも日曜の午前には登壇者として招いてもらった別のイベントにも3時間近く登壇していたので、12時間近くもPCの前に腰を下ろし、デスクライトの光を美人ライトがわりに浴びていたわけです。しかもだいたいのプレゼン資料は直前の急ごしらえでした。体力的には疲れていたはずですが、しかしその実、全然疲れなかったんです。

それは、これから書こうと思うようなことによる多幸感に包まれたからであり、それぞれのセッションを終えて感じたのは「豊かだ」という感覚でした。その「豊かさ」に包まれたという意味で、今年の誕生日は、おそらく今までの人生の中で一番、別に何の節目でもないにもかかわらず、とても幸せな時間を過ごすことができたと思っています。 続きを読む

おもんぱかって、つきすすむ – 「この状況で」への葛藤

分散登校が始まる週になるまでもう少し。自宅のリラックスチェアに腰掛けて、仕事をするでもなくMacを膝に置き、ものかきに耽る。こんな心落ち着けられる土日を過ごしていていいのだろうかと思う部分がある。世間は大変なのに。

「世間は大変なのに」

正直、その感覚から離れてしまっている自己認知があって、後からそれに気づいて自分にげんなりする。それが、日に日に増す。慮りが足りていない自分自身への嫌悪と、だからといって何かができるわけでも何かをしているわけでもない自分自身への嫌悪と。

せめてこうして書き記すことで、碇をおろし、いまここを見つめ、結局灯をともせるように、すこし「ぐるぐる」としてみよう。 続きを読む

リーダーシップと、本気であるということ:2019年の学びの振り返りとして

教員になって1年目となった2019年がもうすぐ終わろうとしている。多くの人が振り返りをしているのだが、私は今日、今年を締めくくる記事として、赴任して2ヶ月となった5月にあった、体育会でのエピソードを紹介したい。これまでも、子どもたちと関わる活動を通じて自分自身学びや気づきを得てきたが、生徒たちと日々生活をすると、多くの学びを得ていると思う。そのなかでも、忘れられない・忘れたくないと思える、「リーダーシップ」にまつわる話なので、書き出しておこうと思う。 続きを読む

#人事ごった煮 宮古島交流会レポート: 「ソトのこと・ナカのこと」

11月30日と12月1日、1泊2日の弾丸で宮古島に行ってきた。以前にもブログに書いたことがある人事コミュニティの「人事ごった煮」の超交流会と称して、ごった煮の常連でもあった元人事・現グランピング施設COOの方、そしてまちづくりのデザインを行う企業の宮古島での事業責任者の方のご厚意で、宮古島に人事界隈の人々が集まる、という会に参加してきた。すこし真面目なインプットをして、あとは食卓を囲んだり、風呂を共にしたり、お酒を介したりしながら交流しましょう、という会だった。

本当は行くか迷った。飛行機代もかかるし、行っても滞在時間は短いし、部活動もお暇をもらわねばならないし。それでも、教員になったから余計になのか、いろんなコミュニティに触れつづけながら、それを広げていくことに価値があると思って、思い切って参加した。そしたら、思った以上にインプットが多かった。

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