初任者へおすすめの一冊2024 – 吉藤オリィ『ミライの武器 – 「夢中になれる」を見つける授業』

まだ少し寒いが、春は確実に近づいてくる。曜日感覚が薄れているが、もう3月になってしまった。

年度の切り替わり。日々奮闘する教職員たちにとっては、おわりとはじまりが背中合わせとなる時期。そしてもうすぐ、教育現場には「初任者」がやってくる。

毎年この時期になると、私は、一般社団法人かたりすと・サイト “カタリスト for edu” の企画「初任者へおすすめの一冊」を楽しみにしていた。それは読み手としてもだが、書き手として、という方が強く、お陰様で3年連続執筆、うち、Web掲載の1本目を2年連続で務めさせていただいた。

なんなら勝手にもう一冊紹介したこともあった。

しかし、2024年は、この企画をお休みにする、という知らせが届いた。2023年の時点で紹介する本は決めていたのに・・・

ええい、なら勝手に紹介するまでだ。

すでに教職を離れて2年、そんな私が何を言うか、と思われたとしても、初任者として学校現場に向かう尊い人々に、未来をつくる仕事に向かう人々に、その想いを託したい。


おすすめの書籍


おすすめする理由

私はこれまで、教育系のNPOに3つほど関与してきました。

1つ目は、フェローシップによる教員派遣を行う認定NPO法人Teach For Japanで、そのタグラインは「教室から世界を変える」です。

2つ目は、高校生の探究的な学びを支援するNPO法人青春基地で、そのビジョンは「生まれ育った環境をこえて、一人ひとりが想定外の未来をつくる」です。

3つ目は、福島の子どもたちへの学びと遊びの体験を提供する一般社団法人アカデミーキャンプで、そのタグラインは「世界を変える力を、こどもたちに」です。

私はこれらの活動でそれぞれが持つコンセプトに共鳴を受けながら、2019年から2022年まで、Teach For Japanのフェローとして教育現場に立っていました。そんな私のビジョンは「この生きづらい世の中で、勇気と気づきが、まだみぬ明日を切り拓く」です。

いずれのことばにも共通するのは、未来は自分の手でつくれる、世界は自分の手で変えられる、ということです。私は、学校教育が、「未来は・世界は、自分でつくれる」ということを感じられる営みであってほしいと願っています。そして、初任者の皆さんをはじめとする教職員のみなさんは、そのチェンジエージェントである児童・生徒たちに伴奏をする存在だと思っています。

しかし同時に、一人ひとりが異なる存在である児童・生徒・教職員たちがあつまる学校という場は、そのすべての人にとって心地いい居場所であるとは言い切れない側面もあります。なにかができなくて、なにかにさいなまれ、ままならない感情を抱きながら過ごすことが、結果的に「どうせ世界は変わらない、未来に希望は持てない」という感情を抱いてしまいかねないリスクも抱えています。


著者の吉藤オリィ氏も、私の目から見れば、そうした「ままならない」人だったように思えます。

折り紙が得意で好きだからオリィ。でも周りとは交れず、分かってもらいきれず、不登校・引きこもりを経験します。他者とのコミュニケーションにも差し障りを覚えながら、彼は夢中になれる「発明」「ロボット開発」によって、徐々に居場所を得ていきます。

そうしたなかで出会った、特別支援学校の子どもたちやALS患者をはじめとする外出困難者たちの存在が、彼に「孤独を解消する」というライフミッションを芽生えさせます。そうして出来上がったのが、分身ロボットOriHimeです。外出困難な方々(「障害当事者」や「難病患者」に限らず)の分身として、その人々の自己実現を図り、社会との関わりをもつきっかけになっているOriHimeへの注目は、昨今かなり高まっています。私も過去に何度も、分身ロボットカフェDAWNに出向きました。

ちなみに私は、分身ロボット・OriHimeを扱っている方をゲストスピーカーに招いた学年合同道徳の実践に取り組んだことがあります。

OriHimeが教室に来た話 – 道徳「『障害』を越えて – OriHimeパイロットたちの希望」


書籍では、著者自身のライフストーリーの時系列的展開に合わせながら、31の単元に分けて「ミライを自分の手でつくる」ための考え方を紹介しています。その中で、私がもっとも好きなのは、

「できない」は価値になる

です。

私は現在、教員としてのキャリアをいったん離れたのち、企業の障害者雇用担当者として、就業経験の浅い方向けにビジネススキルトレーニングとOJTの機会を提供する「研修型雇用」というプログラムを運営する仕事をしています。このキャリアに飛び込む背景には、教員時代に少しだけ、特別支援をかじったというのがきっかけにあります。ですがそれ以上に、私自身も「できない」とか「ままならない」とかいう感覚と共に生きてきた自覚があり、だからこそ、個々人がそれぞれに抱える「できない」をお互いに支え合えるような、おもんぱかり溢れる社会になってほしい、と願っています。

きっと、児童生徒たちが感じる「できない」には、「がんばればできるようになる」と「がんばってもままならない」というものがあるはずです。その「がんばってもままならない」ということを、ネガティブに捉えるのではなく、仕組みでどうにかできるチャンスがある、と見通すことができれば、それが未来をつくる種になり、それぞれの「世界」を変えていくきっかけになるはずです。それができるということを、そして、それができることに伴奏することが、教員の仕事の醍醐味だと思います。

きっと、初任者の皆さん自身も、「できない」に苛まれ、「ままならない」に気を揉み、理想と現実のはざまで「自分は未来をつくることができているのだろうか」と苦しむ時期がくるはずです。オリィさんの説く31の考え方は、子どもたちが未来を・世界をつくるのみならず、あなた自身が教師として前に進んでいくためのヒントになるはずです。答えのない問いを探究していく学びがもてはやされる今だからこそ、授業実践におけるヒントにもつながると思います。


本書の最後は「託す力」という章で終えられています。そしてあとがきには、以下のような文章が添えられています。

人は「託す」という能力を持っている

私は、しばらくの間は障害者雇用という領域から、「未来のしごとのありかたをつくる」ということに従事していこうと思います。初任者の皆さん、子どもたちのことを、未来を・世界をつくるチェンジエージェントたちを、よろしくお願いします。


おすすめをしてくれた人の紹介

遠藤 忍(認定NPO法人Teach For Japan 7期フェロー)

1988年生まれ。非教員養成系の総合大学で教員免許を取得し、教育実践の研究を大学院まで続けたのに、新卒では民間企業に入社。市場調査会社で6年勤務し、データ分析や人事を担当。30歳で思い切り、生まれても育ってもいない福岡県飯塚市に、Teach For Japanのフェローとして派遣される。英語科教員としてさまざまな挫折感を覚えながらも、ICT教育やプロジェクト学習、生徒会活動の充実に取り組む。社会人45人を巻き込んだ、社会人と中学生の2on1キャリア対話「マイメンター」を2021年度に実施したら、プログラムに参加した社会人から誘いを受け、2022年から外資系IT企業の障害者雇用(研修型雇用プログラム)担当に転職することに。一貫して「この生きづらい世の中で、勇気と気づきが、まだ見ぬ明日を切り拓く」をビジョンにもがいている。

趣味のブログ執筆は20年目に突入。X(旧Twitter)は大半が「どうしょもない」つぶやきだが、ときどきセミナー実況でTLを埋めがち。

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