【『卒業政策』vol.8 】現場に出よう。右手には情熱を、左に知恵を持って。

先日の3月29日の大学院学位授与式を以て、慶応義塾大学湘南藤沢キャンパスの学生という立場に区切りがつきました。学士(総合政策学)、修士(政策・メディア)および「ヒューマンセキュリティとコミュニケーション」プログラム修了という肩書きを得て、いよいよ社会に出ることになります。こうして書くのも恐縮ですが、学位授与式においては、修士論文および最終試験での成績優秀者に贈られる「加藤賞」(初代総合政策学部長加藤寛氏にちなんで)を頂戴し、また社会言語科学会での発表賞受賞によって「SFC Student Award」を頂戴しました。実は、学部時代には「優秀卒業プロジェクト」を受賞し、また大学院1年次の終わりには鶴田浩之氏と共同で「SFC Student Award」を頂戴しています。

思えば、2時間半かかる距離にありながら、6年間の通学生活をこなし、教職課程を履修して三田・日吉・矢上の各キャンパスを行き来しながら正課の講義を履修してきてきて、なおもさまざまなプロジェクトに首を突っ込んだりSAやTAや学生ガイドとして大学に貢献したり、サークル活動に勤しんだものです。加えて、地元での研究フィールドワークと塾講師のバイトや放課後補習をやっていたわけです。その分、家族や周囲の大切な人々との団らんを犠牲にした部分は大きかったですが、確実に私の肥やしになったことは確かです。「大学生時代に学んだことなど、社会では通用しない、あたまでっかちになるだけだ」と言う人がいます。確かにそうですが、でも私自身は、この大学生活で多くの経験を積み、また実績としてそれを残したことを、自信に変換することで承認欲求を満たすのです。こうした、過去の栄光にすがる行為は、この先も続いていくのだと思います。

そう、こうしてさまざまなことに携わり、そこで学んだ事実はあっても、その学んだことの内容そのものは、社会人生活においては直接的に関わりを持つ訳ではないと思っています。特に私の場合、「総合政策学部」と「政策・メディア研究科」という、学際複合新領域、いわば何でも学べる環境で学んだからこそ、いったい自分は何を学んだのか、そしてその内容が本当に世の中の役に立つのかということを常に考えてきました。SFCで学んだ以上、「総合政策学」や「環境情報学」や「政策・メディア学」という学問が、いったいなんなのかを考えることからは一生かかっても逃れられないと思うのです。特に修士課程においては、学会に出席したり、三田キャンパスの授業を受けたり、研究プロジェクトに参加する中で、「はて、私の専門はいったい何だったんだろう」と考えてしまうわけです。

一つ前の『卒業政策』では、私の学問領域を「外国語教育学」と標榜しました。しかし、それですら私自身はしっくりきていません。そもそも、私自身は職業研究者になれるかどうかという点において、研究の基礎体力がまだまだ足りていないと思うところが強く、したがって修士課程の4年間は、私にとっては何かの学問的専門領域をつきつめたという感覚がないのです。文献をたくさん読んだり、適切な方法論や理論に基づいた研究デザインをしたり、適切なタームを用いたり、そういったことは修士論文執筆過程であっても不十分だったと今でも悔やんでいます。「学際」といえば聞こえはいいようですが、さまざまな学問領域の知見をつなぎあわせるに過ぎない場合も多く(私の論文がそうなのですが)、一つの領域を根本的に攻め込んだ従来の学問領域の研究者の強さには太刀打ちできないと考えています。

では、SFCで身につけたであろう「専門性」とは何なのか。私が今思う、「政策・メディア研究科」の専門性とは、もちろんそれは「総合政策学」や「環境情報学」の専門性でもあるのですが、それは「実践への連結」だと思います。多くの先人たちが積み重ねてきた学問の知見に敬意を示しながら、その知見をつなぎあわせたり統合したりしながら、実践活動に落とし込んでいくという部分において、SFCの学生や研究者は高い能力を持っているのだと思います。知見を実践につなげていくのはもちろん、すでに行っている実践を学問知見によって説明することを試みる点にもSFCの強みがあると思うのです。大学院進学を控えた2011年の3月の大半を費やした、あのprayforjapan.jp多言語翻訳プロジェクトは、言語政策学の知見に基づいた実践であり、その現象を研究に落とし込んだということの成果でした。また、アカデミーキャンプで行った実践「デジタルオリエンテーリング」は、ソーシャルメディアの利用の経験を実践につなげ、そして学問的なことばで説明を試みるに至ったものでした。私は、この「学問知見と実践をつなぐ」という分野においては、能力を蓄えたと思っています。

ところで、「自分のやりたいこと」に向き合う機会が多いのがSFCという環境なのですが、ある後輩が自分自身の研究テーマ、つまり「自分のやりたいこと」に悩んでいました。そのときに私は、「「何を」学ぶかではなく、何を用いて「どう」考えるかがポイントになると思いますよ」ということばをかけたことがあります。誰が言っていたかは忘れましたが、大学という場所は「考える」場所であると捉えられるそうです。もちろん、特定のトピックやコンテンツを学ぶというふれこみで大学が構成されている訳ですが、しかしそうしたトピックやコンテンツは、「考える」という営みのツールであると考えることもできます。その一方で、たくさんのことを「やりたい!」という熱意で行動に起こし、しかしそれらの行動を串刺しにするような言葉を持てない学生もいることも確かです。

「研究」とは、客観性のある事実や証拠や結果を、整理して構造化して示すことだと思っています。再現性や客観性が求められるのですが、しかし「研究」とは、決して全て客観的になれるものではないと思います。なぜなら、個々の研究者がその分野を選択するうえでは、その研究者個々の「これをやりたい、知りたい、訴えたい!」という主観的な情熱や動機が存在するからです。だからこそ、「研究プロジェクト」を中心に据えるSFCにおいては、情熱や想いや動機に支えられた「やりたいこと」を手にすることが求められるのです。SFCにおける「研究」は、文献を読み、調査・実験をし、論文を書き、という流れである必要はありません。自分でプロジェクトを動かしてもいいわけですし、何らかの制作物に落とし込んでもいいのです。だとしてもはやり、情熱や想いや動機に支えられた「やりたいこと」について悩む時が必ず訪れるのだと思います。

じゃ、その「やりたいこと」は、どうやって見つけるのでしょう。

私が3年生だった春学期に、5月まで学部長をしていたある先生は、こうおっしゃいました。「扉は勝手に閉まっていく」と。つまり、年月が進めば、「自分のやりたいこと」に絞りがかかるというのです。でも私は、勝手にしまる扉を待つには4年では短すぎると思います。私は幸せなことに、6年間大学にいることを許されたし、追いかけるテーマが決まっていたからこそ、勝手に閉まっていった扉の先で、共通したテーマである「コミュニケーション」ということばに基づく活動を広げることができました。しかし、全員がそういった期間を持つことはできない。だとすれば、「自分のやりたいこと」に向き合うためには何が必要になるのでしょうか。

それが、タイトルにあげたことば、「現場に出よう。右手には情熱を、左に知恵を持って。」です。

すでに述べた通り、SFCの専門性は、現場での実践活動において真価を発揮すると思います。「研究的実践者」や「実践的研究者」といった人材を育てていくことこそ、福沢諭吉が目指した実学の学塾の在り方だったのだと思っています。それにはまず、実際の現場に出て行き、そこでさまざまなものを見て、聞いて、話して、感じて、動いていくことが必要だと思います。「問題発見・問題解決」というスローガンが現在でも廃れずに残っているというのは、やはり実社会の諸問題を解決へと導く人材を育てていくという理念が連綿と続いているからだと思います。その「問題発見」は、現場で生の情報に触れるからこそできることであり、「問題解決」は、現場に寄り添う形でこそ効果を発揮する政策になるのだと思います。

私自身は、考えてみればいろいろな現場に出ていきました。そういった現場で、課題点になるようなことを自分なりに見いだし、自分自身の理想を持ち出し、それがうまく行かずに悩み、それでも何かの答えを出そうともがいて動いて、だからこそこの『卒業政策』シリーズに載せたようなことを思考した訳です。だからこそ私は、現場に出ることににこだわりたいし、全てではないにせよ、多くのSFC生に、現場に足を踏み入れるということを実践してほしいと思うのです。

そのときに、右手(というか、利き手)には情熱を持っていてほしいと思います。どうしてもこの現場に関わっていきたいと思うモチベーションがなければ、何も得られません。やらされている感覚は、時おり出ることもあるでしょう、とくにプロジェクトの場合などは。それでも自分なりに、関わりを持ちたいと思うモチベーションのポイントを見つけていくことが重要だと思います。私の場合のそれは、「くっだらないと思うほどおもしろい」という好奇心だったり、「何かしたい」という焦燥感だったりした訳です。そうした情熱は推進力となって、「考える」時間を忘れてしまうほどに自分自身を没頭させます。その先に、なにかが見えてくるはずです。

しかし、「右手の情熱」だけでは自分自身で没頭してしまい、「考える」ことを忘れてしまったり、あるいは見えてきたものが何なのかを考えることが難しくなってしまいます。左手(つまり利き手ではない手)で「知恵」をもつことで、行動しているときの自分の想いだったり、悩みだったり、発見だったり、そうしたものを説明するための言葉を手に入れることができるのです。ここで「知識」としなかったのは、いざという時に使うには「知識」のままではすこし難しいと思ったのです。自分の中で解釈を挟み、自分のものとして手に入れた「知恵」だからこそ、自分の中に起きていることを説明しやすくなるのだと思います。でも、その「知恵」は、「知識」をとりいれていくプロセスによって可能になるのだと思います。だからこそ、教養課程の授業だったり、SFCで言えばさまざまな分野の講義やワークショップというものが重要になるのでしょう。

このように考えていけば、SFCという学問環境において、「総合政策学」や「環境情報学」や「政策・メディア学」という学問の名前そのものは重要ではないのかもしれません。というか、現場という環境において適切に情報を得て、解決策としての政策につなげていくという現場実践にこそSFCの真価があるという説明が、現在の私にとって一番しっくり来るものだと思っています。そうした、「現場実践と学問知見の交渉領域」はまだまだ未開拓であり、だからこそSFCの役割というのはこれからも続いていくのだと思うのです。まだまだ、挑戦は続きます。

間もなく日付が変わり、会社員としてビジネスの世界に飛び込むことになります。ビジネスもまた、社会実践の現場です。私が学んできた「知識」や「内容」自体は、次のフィールドには直接は役立たないかもしれません。しかし、これまでの6年間で行ってきたさまざまな活動のなかで得た経験と、その経験のモチベーションになった情熱、そしてそうした活動を進める中で得た知恵は、私自身が困難に打ち当たったとしても、決して消えることはないだろうと思います。私は過去に執着する人間ですから、それをポジティブに捉えれば、そうした過去の経験は私にとっての血肉そのものだと思って自分を奮い立たせることができます。そうした環境への感謝を抱きつつ、そろそろ次の現場に出て行く時間になるようです。

みなさまこれまで、本当にありがとうございました。


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