人事半年のなぐりがき:就職活動の時期と「研究」で思うところ

ちょっとまたシリーズものを書きたくなりました。最近ブログに記事を残していないのですが、本来は「そんなことをする暇があったら仕事しろ」と多方面から言われることもわかっています。ただ、こうして、書きなぐっておかないと気が済まないわけで。そしてご存知のことと思いますが、自己顕示欲の塊のような私は基本的に「誰かに分かってもらいたい」と思うことを多く抱えています。
人事になって半年が過ぎました。それはもう、思うところは多いです。本シリーズで記載をすることは、あくまでも個人の見解で会社の見解ではありませんが、とはいえこうして世に出すことによって誰かに気づかれ、そして誰かの共感を生んだとすれば、それほどうれしいことはありません。
さて、最初に書きたいと思ったのは就活の期間。たぶん、みなさん翻弄されたわけだし、代案を示すから文句くらい言ったっていいでしょ、と思うので、書いてみました。

2016年3月に卒業・翌4月に入社を控える大学生・大学院生の就職活動の選考時期については、経団連が「採用選考に関する指針」を2013年9月に提示し、それによって「広報活動:3月1日」「選考活動:8月1日」としています(旧称をとって、以下、倫理憲章)。大変残念なことに、これは法的拘束力を持つものではない「政府からの要請」による「経済団体独自の指針」だから、経団連に所属している企業でも順守しない企業もいるし、それすら関係ないという企業だっているわけです。これを破ることによって発生するのは「社会的・道義的責任」という、まぁ不明確なものです。

この「政府の要請による」選考開始時期が早まろうが遅まろうが、その選考開始時期より前に選考活動を実施しちゃう会社は当然あるわけです。だって、うかうかしていたら優秀な人が取られちゃうもん。結局、倫理憲章をめぐる「従う」「従わない」は、いつだって起こる問題です。で、ここで私が述べたいのは、「経団連イケてない」ではなく「政府が残念」ということです。

政府が「大学生の勉強時間の確保のため、そして留学という選択肢を増やせるようにするため」という意向で、就活開始時期の要請を行った、というのは良いことだと思っています。大学生の本分は大学で勉強すること。だから「ちゃんと勉強しろ」というのが私の持論ですから、同じような問題意識・危機感を持っていることには、あっぱれ、と思いたい。しかし大変残念なのが、大学生活上、学びを極みに達せなければならないはずの大学4年生時期に半年も就職活動にいそしませてしまうことです。私からしたら「マジありえない」。

私は、大学での学びというのは「考えて出す」方法を、経験を通じて体感することだと思います。なにかの学問フレームに従って概念構築をし、考えるための素地を身につけ、問いを立てそれに答えることで、自らの主張や行動が確からしいことを示していく。この本質は、学部にも左右されないし、学びの方法にも左右されないことだと思っています。そしてなにより、この本質はビジネスの営みに直接通じるものだと思っています。

となると、大学で学んでいる以上、その学びの集大成である「研究」はもっとも力を入れられるべきだというのが私の考えで、そしてそのために、せめて最終学年の1年間はそれに集中できる時間を確保すべきだと思います。卒業論文、卒業制作、卒業研究、修士論文。そういう類のものに、上記の「考えて出す」ことが結集されるべきではないでしょうか。そこへきての「8月選考開始」だったわけで、広報開始の3月からの約半年間は、学問と就職の2足のわらじ状態だったのが今年です。そりゃ集中できるわけがない。どう考えても個人にとって切実なのは「来年4月からの稼ぎ」になってしまう悲しい現実があるわけです。

そうして結局発生してしまったのが、理系大学院性の研究遅滞。私の勤務先でも、理系学生のみなさんがひぃひぃ言っていました。おおかた大学院生であれば、2年生の春学期は、それまでの研究成果をいったんまとめて夏以降の学会発表などに投稿する季節でもあります。修士論文の方向性を調整する上でも貴重な機会ですし、研究自体のマイルストンにもなります。その時期に、自分のキャリアも定めなければならないのは、正直いって酷な話。事実、研究職を採用するような会社からも、8月にずれたことによる弊害があったという声が上がっているとのこと。

技術立国を図っていきたいと思っているはずの日本国政府としては、大変残念な方針だったと言わざるを得ません。国立大学の人文科学系学部の再編通達(これ自体私は反対ですが)をして理系=ナチュラルサイエンス分野やテクノロジー分野の研究を加速させようとしているのに、その研究にいそしむ学生を苦しめたらダメでしょうに。そこが、残念でなりません。繰り返しですが、研究で得られることとして重要なのは、当該分野に対する知識や技術よりも、「考えて出す」という思考体系そのものであるはずで、その汎用的かつ本質的な能力が身につけば、結局どこの分野でも活躍できるはず。だから、大学生の学習時間の確保を謳うならば、むしろそこまでの大学での学びを自身の研究として昇華させるほうに時間をかけさせるべきです。

んじゃいつがいいの、という話ですが、できれば3月末・遅くとも5月末には次年度以降の進路が決まっていることが望ましいと思います。つまり、最終学年の1年間は研究に没頭できるような環境を整えろ、ということです。そうなると、10月広報開始・3月選考開始というのは、やや的を得ているかもしれません。ここで訴えたいのは時期そのものではなく、「大学生活の集大成である研究を行う上では、自身の進路・キャリアを考え・決めておいた方がやりやすい」ということ。つまり、就職活動を経て自身のキャリアを見つめ直した後のほうが、よっぽど大学での学びが深まるよ、ということです。

そもそも今般の就職活動解禁時期がズレた件は、1)そもそも学力低下しているのに就職活動が早期化したせいで終わったら遊んじゃうから全然勉強してねぇじゃねえか、2)就活開始時期のせいで留学に躊躇してタイミングを逃している、ということが背景だと思います。2)については、まぁ確かに不利になるよな、と思う気持ちも分かりますが、この件について政府が要請すべきだったのは「よーいドン」のタイミングを合わせることではなく、居場所によって不利益が出ないように配慮することなんじゃないかと思いますし、そもそも時期や採用の人数なんかにとらわれず、優秀で必要だと思う人材からの応募があったら採用するようにとお達しを出せばいいだけの話だと思います。(※この部分はわりとロジックが甘い気がしていますが)

ただ、1)に関しては、就職活動をするからこそ【改めて】自分のやりたいことが見えてきて、だから学びの必然性に気づいてそれを深めることが出来るのだから、それは【絶妙な】タイミングであるべきです。となれば、学力低下を就職活動のせいにするのは大学による「他責」でしかないと思います。学生に、ちゃんと「研究」させられるように、基礎体力(概念構築と手法獲得)とキャリア観形成を行うのは大学の責任であり、大学の自由です。大学の学びの本質である「考えて出す」力は、別に産業界からの要請とかに従わずとも、本来なら大学が自治的に=勝手に=何事からも独立して教育をしていくことで育っていくはずなので、むしろキャリア観形成のためのチャンスである就職活動をうまいこと利用すればいいのだと思います。

まぁそもそも新規学卒一括採用なんかやめてしまい、タイミングだけの問題にとらわれずに、優秀な人間であればいつでも採用してしまう風土が整っていればこんなことなんて起きないのだけど、卒業→就職というタイミングは空けたくないという学生側の思惑と、一括のタイミングで入社してもらって教育をするほうが会社の資源(ヒト・モノ・カネ)配分の関係上都合がいいという会社側の思惑はまぁまぁ一致しているともいえるので、いきなり変えることは結構むずかしいと思います。その制約の中でできることを考えなくちゃいけない。私は私で、学生の皆さんから「学生時代にしておいた方がいいことは何ですか?」と問われれば「きちんと勉強して・研究してください」と言いますし、「考えて出す」力を持っているかどうかを観点に人を観るようにしますが、ただ時期だけ、それだけはどうしようもなくて。。。

てなわけであらためて私の思うところを要約すると、以下の3点です。

  • 大学生の学びは「研究」によって昇華される・深化されるべきで、それは「キャリア」を考える営みを経た方が進む
  • その「研究」にしっかり取り組めるだけの時間を確保するほうが重要だし、その前提になる「キャリア」を考える上で就活はチャンス
  • 新規学卒一括採用を続けるならば、就活の時期として絶妙なのは卒業の1年半前くらいじゃないかと思う

最後にお伝えしておきたいのは、こうして記載をすると、なんか「政府が悪い」とか「大学が悪い」とかになりそうですが、ひとしきり書いてみて思ったのは、なんかみんな被害者なんじゃないか、ということです。別に犯人捜しをしたいわけではないし、たぶんこの件で「絶対的に悪い」というアクターはどこにも居ないはずです。ただ「他責」が始まってしまった瞬間、みんな他責しだすんじゃないかと。それに、それぞれがそれぞれに「都合」を抱えているせいで起きてしまう事象でもあり、怒っても無意味で、だから「残念」にならざるを得ない。
でも、明らかなのは、就活生=学生を翻弄してはいけないということです。就活生本人【以外の】アクターが、きちんと「どうなってほしいのか」まで見通した上で考えなきゃならないし、少なくとも私自身、そういう観点で動かなければならないんだなと自覚をしました。

私からは以上です。


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