「良い行いをしようとする気持ち」現在の僕の勇気の捉え方です。
誰かのために何かをしたい。そこまではできないけれどせめて自分はまっすぐに生きたい。
そう思い、それを行動に移すことが勇気ある行動だと思います。
栃木の小山市で二人の子どもが誘拐、殺害、さらに川に捨てられるという事件があったとき、ぼくは、小山市のまちBBSを見ました。多くの人が、殺害された子どもの捜索の手伝いをすると意思表示。
地元民のみならず、県外からの参加もありました。ただ、「この偽善者が!」というような書き込みもありました。その書き込みへのレスに、僕は心が動きました。
「偽善者でも悪よりかはまし。」
本心からにしろ、偽善にしろ、善は善。見返りを期待してやったことにせよ、良いことをすることには間違いない。
と僕は思うのですが。
確かに偽善者はなんか卑しい感じがします。でもこのレスで考えが少し変わりました。何もしないでぼけっとしているのと、偽善でも行動を起こすことのどちらがいいか。僕は後者じゃないかと思います。だって少なくとも、誰かの役に立ちたいという心が見えるじゃないですか。
「偽善でも悪よりはまし。」
心が動いた一言でした。