「勉強、意味分かんない」って君へ。 – 青学WSDのレポートから①

青山学院大学社会情報学部ワークショップデザイナー育成プログラムの28期が終わった。3ヶ月間、ほぼ週末をこのWSDプログラムに費やし、動画教材を見てレポートを書くわ、様々なワークショップを参加者として体験するわ、考えや価値観を互いに発表し合うわ、ワークショップを実際に企画して実践するわ、それに対してリフレクションするわ、もうめまぐるしかった。そんな日々も今日終わった。

で、20本近くレポート(とはいえだいたいが400−800字。多くても2000字で、文章が長い私にとっては造作もない)を書いたのだが、その中で2本、まぁそれなりにエモい文章を書いたなと自画自賛する作品があったので、その片方をご紹介する。

今回のお題は「3つの学習観を使って「学習を幅広く捉える」ことをテーマに、中高生に向けたメッセージとしてまとめてください。」というもの。ここでの「3つの学習観」とは、行動主義・認知主義・社会構成主義の3つであり、教育学畑だと一度は耳にした概念だと思うが、これを「中高生に向けたメッセージ」としてまとめる無理ゲー感に対して果敢に挑戦した結果、なんか、お手紙みたいになった。


「勉強、意味分かんない」って君へ。

勉強がしんどいのは、まぁわかる。僕も、正直しんどいと思う時期があった。数学が苦手だった僕は、問題が全然解けなかった。「なんだこんなの、数字を当て込めばいいだけじゃん」って言いながら、ヒョイっと問題を解いていた友人がいて、そいつを張り倒そうかと思ったこともあった。「いいよな、お前は得意だから」って。

そいつに言わせれば、数学で習う公式は武器みたいなもんで、その使い方さえ覚えちゃえば答えはすぐに出てくる、って。そしてそいつは、「ただその武器が使えても意味が無くて、だから俺は、この公式がどうして答えを導き出せるのかに興味がある」って言っていた。なんでそこに興味が湧くのかは分からなかったけれど、ただそいつの顔がイキイキしていたのはよく覚えていて、「じゃぁ、こいつに教えてもらおうかな」と思った。

そいつに教えてもらって、「得意になった」とまではいかないけれど、少なくとも数学アレルギーは薄まったと思う。数学自体に何の意味があるのか、僕はまだしっかり説明できないけれど、でも確かなことは、とりあえずおもしろいって思えるものだった、ってことだ。そいつが楽しそうにしているのを見て、「なにか意味がある」ってことを知れたからだろう。

なにかを知って「できる」ようになって、それがどういうふうに成り立っているかが「わかる」ようになって、そうするとどこかで「これ、おもしろいじゃん」って感じる。たぶん、みんなが学校でやっていることって、この「できる→わかる→おもしろい」のはずなんだけど、そう気づけないのかもね。みんな必死こいて、公式覚えたり、漢字練習したり、単語覚えたりして、テストで判断されて。得意な教科では「できる→わかる→おもしろい」ってところまでいけても、また苦手な教科ではそもそも「できない」から「つまらない」になっているんじゃないかな。

別に学校の勉強の全てで「できる→わかる→おもしろい」にまでたどり着け、とは言わない。でも、君が「できない」と言っている勉強のことを「おもしろい」って言っている人がいると思う。その人の話を聞いてみてほしい。その人、きっと顔をキラキラさせて話してくれるはず。これは僕の考えだけど、誰かが「おもしろい」って思うことの話を聞くだけでも、十分な勉強になると思う。「できない」し「わからない」けれど、「おもしろい」って誰かが思っているものがある、ってことを知っているだけでも、相手との話はどんどん広がっていくと思う。それが、君の世界を広げてくれる。

繰り返すけど、全部「できる」ようになれなんて言わない。けれど、一つでもいいから「できる→わかる→おもしろい」を君自身も持って、そして他の人の「できる→わかる→おもしろい」に興味を持って欲しい。そうしたら、困った時にお互いに助け合えるし、わかり合える。学校の勉強は、そのためにあるんだと思うな。


ちなみに、他のレポートは、ここからこっそり公開しています。


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