リーダーというもの

最初の方は愚痴になっています。この記事で、さらに僕は立場を失うかもしれない。けれど、何かのきっかけを与える事は必要ですから、発言する勇気を行使します。

最近僕の所属するクラスの和に疑問を抱く事があります。どんなクラスであるかは、僕の姉妹ブログを見てもらえればわかるのですが、僕のクラスは卒業まではなれる事はありませんから、必然的に仲が良くていいはずです。
ですが最近は、クラスレクの企画段階の参加率が悪く、クラスメイトの中に、乗り気な人と、乗り気ではない人ができてしまうのです。
それも高校生という年代からくるものなのでしょうか。

僕が一番苦労していると思うのは、そのクラスをまとめる中央委員と呼ばれるまとめ役の人間。クラス全体にそのレクレーションの話を出すのはものすごく勇気のいる事だと思うのです。
なぜならば、さっき言ったように、企画段階では、全員に諮っても、手が挙がらない人がいるわけで。僕自身前期の中央委員をやっているだけあって、その気持ちはよくわかるのです。
まとまらないクラスをまとめる立場としては、不甲斐なさを感じているかもしれません。そこにあえて声をかける事はやはり勇気のいる事だと思うのです。

前にたって何かを進めるには、勇気がとてもいると思うのです。自分がやる!と手を上げる事を初めとして、人に何か指示を出したりする事など、すべての人がすんなりとできる事ではありません。
失敗したときの責任はすべて負わなければならない。恐怖と常に戦いながらやっていくのがリーダーという者だと思うのです。
大統領や、首相がいい例です。多くの人からたたかれても、自分を失わない強さは、人の役に立つ行動を起こしたいという勇気から起こるのではないのでしょうか。
リーダーに必要な物は素質ではない。心だ。勇気だ。
前に立つ事を好む僕は、このことを自分にいい聞かせたいと思います。


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