寝屋川の事件は本当に衝撃でした。
事件を犯した少年と僕は年がひとつしか違いません。
少年犯罪がまたしても起きてしまいました。
少年犯罪といえば、勇気の日の当初の目標は「少年犯罪をなくす」こと。
見て見ぬふりをせず、相談する、注意をする、そういうような勇気をみんなで持とう、というのが当初の理念でした。
現在、僕の中ではこの理念はさらに飛躍をしているのですが、根本的な部分は変わりありません。
今回の事件では学校の安全対策にばかり重点が置かれていますが、果たして原因はそれだけなのでしょうか?
やはり少年犯罪において重要なのは、その子供がなぜそういう事件を犯してしまったのかという事ではないでしょうか。
今回の犯人の少年は、不登校状態にあったといいます。
周りからは、いい子と言われていたそうです。
なぜあの子があんな事を。というのが周囲の人が口にする事だと思います。
僕の偏見かもしれませんが、何か自分をつくっている所があって、うっぷんがたまっていたのではないのでしょうか。
Yahooニュースの内容ですが、少年は中2から不登校になり、担任が家庭訪問をしても、その理由はつかめなかったとの事です。
実は母親もその理由を把握していなかったとの事。自分で抱え込んでいたのでしょう。
登校していた頃は、同級生によくいじられていたとの事ですが、同級生はその事を深刻には思っていなかったとの事です。
これがいじめられていたという発言の元だったのでしょう。
なぜ気づく事ができなかったのでしょうか。優しく声をかける勇気があってもよかったのだと思います。
同じく少年も、なぜ勇気をだしてやめてほしいという事が言えなかったのでしょうか。
このように、現在では、勇気を行使する機会が非常に少なくなっているせいで、いざというときに勇気が出せないわけです。
もっと勇気をだす機会を増やさなければいけません。
今日もまとまりませんが、少年犯罪の防止には、勇気という要素も必要だと思います。