自分が民間就職を考える、かなり切実な理由

All全国教育フェスタというイベントに参画させてもらっています。まぁ、一般的就活生のみなさんからすれば、この11/26・27という、経団連倫理規定によって先延ばしになった就職活動一斉開始の数日前にいったい何たることをしているのだ、と思われるかもしれませんが、誘われちゃったんだもん、舟に乗っかったらやるっきゃない。そういうものです。このイベント、教育をテーマにしているのですが、特に教職コミュニティの形成が大きな目的になっています。私にとってはうってつけでしょうね。大学の教職コミュニティにも属さず、また関東の教職コミュニティの存在も知らなかった私ですからいい機会です。

さて、巷には多くの人が、私はマスター修了後に教員になると思っている方がたくさんいると思いますが、それは半分正解で半分間違っています。正確に言えば、マスター修了後、民間企業を経て、公立学校の教員になろうと【思っている】んです。これは私の中では志に近いものではありますが、十分可変性の高いことです。そしてこのビジョンは、教職を本気で目指す方々からしても、民間企業を本気で目指す方々からしても、「何あまったれたこと言ってんじゃボケェ」と思われるかもしれません。そりゃそうです。自認しております。

ただ、このキャリアのあり方は、必要だと思っています。まず、私にとって教育は、専門とする分野というよりも切り口であり、それを通して社会を見てくることを個々5年ほどやってきたという自認があり、それは社会において還元させることができ、もっといえば民間企業における営利活動において何らかの利益を生むだけの視座になっているという自負があります。考え方のスキームとしての教育という視点は、武器として持っておいて損はないと思っています。また、社会経験のある教員を見ていると、かなり面白い考え方をしている人たちが多く、そういう教員として教育の世界に関わっていくことにあこがれを抱いているからこそ、民間企業で力を試し・力を蓄えることは僕にとっては必要なステップなのです。ここで大事なのは、「将来教員になりたいので、その自己研鑽のために御社で働かせてください、お願いします!」ではなく「御社の事業において私が持っている視座を御社にとっての価値に変換することが可能だと思っています」というスタンスでいる、ということです。まぁこれも所詮、戯れ言であることは重々承知しています。社会の厳しさなど、知らない男です。

でもね。

そりゃ、志をかなえるならば、さっさと学校教員になりますわ。魅力的な学校教員になろうとするならば、最初から学校教員になっても、自分の信念と熱さを曲げない自信はありますわ。それでも、どうしても現実的に考えて、そうもいかない事情がある。それは、公立学校の生涯賃金に照らして、私が(いや、私の親が)かけてきた教育投資のバランスがあわない、ということです。

もっと単刀直入に言います。奨学金が大変なのですよ。

学生支援機構奨学金を学部時代から借り、大学院生になってからその額を増やしました。そうすると、学部時代の借りた金額と大学院時代の借りた金額は実はちょうど同じくらいになってしまいます。これによって、学部時代のほぼ倍の返還額が私には発生してしまうわけです。かつて学生支援機構が日本育英会であった時代には、教育公務員になることでその変換を免除されましたが、いまやそんな制度は消えてなくなり、どのような職種についても、まして仕事がなくても支払いをせねばなりません。

借りたものは返す、それは当たり前のことですし頑張って返したいと思います。なおかつ、それが後輩たちの奨学金の原資になることを考えれば止めるわけにはいきません。ならば、せっかく、日本のなかでもそれなりに優秀とされる人々が集まる大学で学ばせてもらっただけのある種のステータスを活かして、お金を稼げる職に就き、そしてしっかりと奨学金を返していく、これがまずは社会貢献の第一歩じゃないか、なんて考えるわけです。

何より、借金を抱えている、という事実が自分にとって怖いわけで、実際すでにして300万円の負債がかさんでおり、その倍ですから修了とともに600万円の負債を抱えることになるわけです。これは本当に怖いことで(いやなかにはそんなものすぐに返せるという人もいるかもしれませんが)、仕事がある状況ではない現在に、つまり定額の収入が見込めるわけではない現段階でこれだけの借金を抱えることの将来への不安感といったらたまったもんじゃありません。だから、働かせていただけるところならどこでもお世話になります、というスタンスになってしまうほどに定職に就きたい、あわゆくば斜陽でない産業の中で20年返済予定の半分で返済が済んでしまうくらいの稼ぎが必要になってくるわけです。

こういうことは大事だと思って書きました。きっと面接の時とかにはこんな話できやしないでしょう。でも、ここまで切実に考えてしまうほどに、学費と奨学金というものは重くのしかかります。

貸与奨学金は、未来の自分への投資だと捉えることができますが、その未来において、経済的に安定しかつ裕福でいられることを予測して自分に投資をするわけです。このときの予測の源泉は、はっきり言って大学のステータスと、その大学を出た卒業生たちの就職状況から予測する収入感覚です。この先攻投資に見合うだけの自分のキャリアを描くことができるか、という、ある種のビビりを感じながら、自分のキャリアと向き合わなければならない季節が、いよいよ幕を開けるわけです。こういう想いで就職を考える学生は、何も私だけではないはず。せめても、後に続く学生に、学生時分にこういうような不安感を味わう状況をつくり出さないことも、いわゆる「将来したいこと」の一つに入るんじゃないかと思うほどです。

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