シリーズ・プログラミング学習への挑戦2019 – ③外部人材と「うまいこと」やる

2019年度、教員に転職して1年目の私は、校内の校務分掌で「情報教育」の担当となり、市が推進する施策でもある、Softbank Robotics社のPepperを用いたプログラミング学習の取り組みに挑戦しました。中学1年生・42人を対象とした、全16時間の取り組みを通じて考えてきたこと・やってきたことを、全4回にわたって書いていきたいと思います。

第3回の今回は、プログラミング教育や教育のICT化には欠かせないと言っても過言ではない、外部人材とのコラボレーションにおいて心がけてきたことについてお伝えします。と、同時に、今年度に私が取り組んだPepperプログラミング学習を、学校外から支えた支援体制についてもお伝えすることで、「学校外のリソースは、プログラミング実装においても超大事。だけどそうしたリソースを活かせるかは教員のコラボレーション力にかかっている」ということを訴えたいと思います。

○シリーズ・プログラミング学習への挑戦2019 – ①Hello, Pepper.
○シリーズ・プログラミング学習への挑戦2019 – ②コンセプトとディレクション
●シリーズ・プログラミング学習への挑戦2019 – ③外部人材と「うまいこと」やる
○シリーズ・プログラミング学習への挑戦2019 – ④誰が為のプログラミング


前提話のような主訴・結論:ディレクター化する教員と「うまいことやる」の意味

ところで本題に入る前に、今回の記事のタイトルで「外部人材」と記載したことを、記事を書きながら違和感を持っていることを先にお伝えします。現時点では、学校で教育活動を行えるのは法律によって規定された教員免許の保有者に限られていると私は認識している(←これ自体間違ってたらごめんなさい)ため、便宜上、「教員じゃない、学校の外」という意味で「外部人材」という単語を用いています。また、この記事の主訴には「学校の先生が、学校内だけでなんとかしようとせず、うまく外部を頼りながら進めていけばいい。だけど、頼るにも頼り方ってもんがある」という私の見解が含まれているので、「外部人材」という表記には学校内部に向けた含意があります。

しかし、これからは、別に誰が教えたっていいじゃないか、という時代になってきて、外と中を隔てること自体がナンセンスになる気もしています。新学習指導要領における3要素である「学びに向かう力・人間性」「思考力・判断力・表現力」「知識・技能」を前にした時、おそらく「知識・技能」は教員の専売特許ではなくなるかもしれません。むしろ教員は、より「ディレクター化」して、さまざまな専門的領域の「知識・技能」を、今まさに「思考・判断・表現」をしようとする子どもたちにつなげていき、そこで起きた「学びに向かう力・人間性」を価値づける、ということが求められると思います。それはまるで、本の編集者が、作家に対して、読者の心を揺さぶるような作品に仕上げるよう、壁打ちや助言などの支援をするように。あるいは、テレビのディレクターが、視聴者の心を揺さぶるように、出演するタレントに演出をしたり、映像や音声を構成したり、取材した内容を編集したりするように。

前回の記事では「ディレクション」を「課題と理想を整理して、解決策を描き、実装への橋渡しをする行為」と定義しましたが、まさしく今後の教員は、学びのディレクションをする立場になり、必ずしも自身が専門家である必要がなくなるとも言えるでしょう。そうすると、必然的に学校外のリソースを活用することになります。その時には、もう外だの中だの言ってられないと思います。そこで求められるのが、コラボレーション力なんだと思うんですが、これまた第2回の記事で書いた「コンセプトデザイン」と同様、かなり難しい。あるいは、何をすればコラボレーション力があると言えるか、つかみどころがないとも言えます。だから私はタイトルで、コラボレーション力の言い換えとして「うまいことやる」という表現を用いているのです。これ以降の経験談を読んでもらう中で、少しでもその「うまいことやる」の輪郭めいたものが見えてくればいいな、と思います。

そうすると、私が(例えばこのリンクの記事のように)ちょっと前から言い続けている「学校と社会を、もっとなめらかに」というキーワードが持つ世界観がお分かりいただけるのではないか、とも思います。幸いにして昨今、学校外が学校教育に対して様々なプログラムを提供することで、学びの環境が充実してきている事実があります。しかしそうしたプログラムの供給側は、現在の学校教育へのアンチテーゼを出発点にしていないか、あるいは学校教育のリソースだけでは実現しきれないことを提供「してあげている」というスタンスになっていないか。一方のプログラムを利用する学校側は、プログラム供給側に対して「おんぶにだっこ」のお任せ状態になっていないか、あるいは「うちじゃダメだ」とか「大変なんだ」とか言って拒絶したりしていないか。そんな、外と中の双方に対する、なんとも消化しきれない疑念みたいなものが、私の中にあります。だから、お互いがアメーバ状に混ざり合う「なめらかさ」を理想としてしまいます。

以降でお伝えする、事の仔細は、上述したような考え方を自分にもたらしました。今回は特に、教員側がとる振る舞いという側面について、一つのたたき台として提示できればと思っています。ちなみに、前回の記事では結論が最後でしたが、今回は書き出してみて、もう主訴・結論は書ききったと思っています。


潤沢な人的リソース:ICT研究指導員と情報教育支援士

プログラミング教育を推進する上で、本市の環境はとても恵まれていると思います。それはあくまで、手札にできるリソースが潤沢である、ということであり、それが活用しきれるかどうかは別の問題だと思います。それを差し引いても、これからご説明する「リソース」は、飯塚市特有のものだとも言えるでしょう。

  • プログラミング教育のツールがPepperである。ヒューマンインタラクション/コミュニケーションをするロボットという存在が、自分たちの生活の課題を解決するためのアプリ開発という探求的な活動においてマッチしている。
  • そのPepperを市全体として導入しており、市教委主催の研修会などに参加できることから、ツール選定や学習というコストを引いた状態でプログラミング学習の取り組みを導入することができる。
  • 国立九州産業大学情報学部のキャンパスがあり、九工大の教授が市のプログラミング教育のアドバイザーとして惜しみない協力をしてくれている。
  • その九工大が「情報教育支援士」の養成講座を持っており、講座を修了した「支援士」を派遣する事業も行っている。
  • 第三セクター方式で設立された福岡ソフトウェアセンターが「ICT研究指導員」というスタッフを擁しており、市内の各学校を巡回して、校務でのICT利用の相談からプログラミング授業の実施サポートまでをサポートしてくれる。

特に、ラスト2点で触れた「情報教育支援士」と「ICT研究指導員」の存在はとても大きなもので、事実今回のPepperプログラミングの取り組みでは、彼らの存在がなければ何も進まずに終わったと言っても過言ではありません。彼らは、学校教員ではないという意味では「外部人材」ですが、教員経験年数1年目の私から比較すると、過去3年Pepperプログラミングの支援に従事しているという意味では、頭が上がらない存在です。他方、授業のイニシアチブはこちらにあるわけで、「全部やってくれる」と思ったら大間違いであり、また私は私で「こう進めたい」という方針があったことから、一緒に進めていく上で、「頼る」と「やってもらう」または「従ってもらう」のバランスをどう保っていくかがキーになると事前に分かっていました。

この際なのでぶっちゃけておきますが、実はこの「情報教育支援士」のみなさんとの邂逅にはいくつかの想定外がありました。もともと、市内の教員向けに開催されたPepperプログラミングの研修会で、講師である九工大の教授による演習ののち、高大接続・教育連携機構のスタッフさんから「九工大TA派遣」という話を共有いただきました。Pepperプログラミングの実施にあたり、市と九工大の提携によってTAを派遣するという制度です。このとき私は「九工大からTAが来るのか、そうかつまり学生さんだな!」と早とちりしていました。しかし本校の支援にアサインされた方とやりとりを始めて「これは学生さんじゃなさそうだ、というか情報教育支援士って肩書らしいぞ」ということに気づきました。まだこの時点では「僕と同年代くらいかな」なんて思っていたのですが、初対面になる9月5日、青柳さんに来校いただいた特別授業の準備に焦っているなかで対面した4人の支援士のみなさんは、想定していた年齢よりも上である人生の大先輩たちでした。うち一人は、かつて市内の学校で校長を務めた方でした。だいぶびっくりしたことを覚えていますが、そうした年齢層のみなさんと子どもたちが共に学びを進めていくのは、意義があったことだと思っています。


コラボレーションの第一歩は、方針を共有するところから

官民連携で設立された三セクから日常的に学校に派遣されている「ICT研究指導員」、今回のPepperプログラミング学習のために入っていただいた九工大TAの「情報教育支援士」、この2つの立場の方々とのコラボレーションを図るために、私がやってきたことをざっくりまとめると、方針提示・情報共有・議論促進・役割分担・そして「ぶん投げ」だったと思います。主担当としてのイニシアチブを確保しつつ、ICT研究指導員・情報教育支援士の指導ナレッジとモチベーションを活かしながら探求学習を進めていくというプロセスには、まさしく「ディレクション力」が求められます。しかも、今回の取り組みでは4人1組・10チームがそれぞれに「社会に役立つPepper」をお題目に個別にコンセプトを設定してプログラムを作成していくので、複数人の指導者がないないと立ち行かないという状況でもありました。ちなみに、ICT研究指導員・情報教育支援士の他に、学年教員もプランニングの壁打ち相手として参与しましたし、ある週にはTeach For Japanの次年度内定者による授業見学があったのですが、「見学するくらいならいっそ指導に入ってくれ」とチームに入ってもらったこともあります。

私がボトルネックにならないようにする一方で、一定のコントロールをすることも必要となるこの状況は、前職時代やプロボノ時代に経験してきた種々のプロジェクトにも通ずるものがありました。事実、以降で説明していく「やってきたこと」は、私にとっては「ごく当たり前」のこととして自然に行っていたことでしたが、この話を周囲にしていくと「ああ、会社員経験を生かしているね」と言われることがあり、学校現場ではまだまだ珍しい振る舞いなのだと思わされます。では、時系列を追いながら見ていくことにしましょう。

まず私が行ったことは、指導計画の共有です。指導計画自体は第1回の記事に記載しましたが、その計画書をまずはICT研究指導員の皆さんにシェアしました。ちなみに、外部人材として最初にアサインしたのがICT研究指導員で、日頃から学校を巡回訪問しているのでナレッジが高い一方、毎回の授業で1名配置であるため、チームサポートよりも全体を見渡す役割として、主担当である私の横でサポートしてもらうような役割を担ってもらいました。この次にアサインをしたのが情報教育支援士のみなさんで、マッチングを九工大に依頼する際に、指導計画を一緒に送付して募集をしてもらいました。すると、3名の方がアサインされたのですが、1名の支援士が1回欠席となる回があり、その回の分を代理してくださる方もアサインされました。この、1回分代理の方を仮名でAさんとしますが、このAさんからこんな申し出をもらいます。

複数の学校で「Pepper授業」の支援をさせて頂きましたが、計画案を見せて頂いたのは初めてです。授業支援の派遣要請は3名となっていますが、「見学」と言う形で初日から参加させてもらうことは可能でしょうか?

つまりAさんは、正式に「派遣」される1回以外の全ての回を、ボランティアで来させてほしい、という申し出をしてくれたのです。これには二つの側面で驚きました。一つは「こんなにも熱心に協力してもらえるのか! しかも毎回4名体制か、潤沢だな!」という点、もう一つが「計画案が珍しいものなの?」ということでした。計画案自体は昨年度の担当者も作成していたし、教科指導と違って複数教員を巻き込む総合学習で、かつ外部人材を巻き込むなら指導計画を作成するのは当たり前だと思っていました。しかしICT研究指導員にもヒアリングしたところ、他校では指導計画を作るところまでままなっていないという状況があることが見えました。計画を作成するだけで珍しいという状況から、それほどプログラミング学習は「暗中模索」なんだろうな、と思いました(だから本市ではモデルカリキュラムの策定を進めています)。と同時に、自分にとって当たり前だと思っていたことが、褒められるようなことに感じられたのも事実です。


発信、受信、そして議論、それが情報共有

複数のアクターで、しかも日々ツーカーのコミュニケーションをしているわけではない相手と、同じ方針のもとでそれぞれの役割を発揮しながらプロジェクトを進めるために重要だと思うのは、情報共有です。このために私がやった情報発信は2つ。1つはメーリングリストの開設です。メーリングリストは、単にCCでメールのやり取りをすることの煩わしさを解消するために、という理由が主で開設しましたが、メーリングリストを作成しておくと、指導者同士での議論が発生し、その議論が全員に見える化されるというメリットもあります。事実、この想定が現実のものになったこともありました。もう1つのやったことは、Google Driveでの情報共有です。ここでは、コンセプトデザインやシナリオ作成のワークでのアウトプットから各チームのプログラム本体のデータといった生徒たちの成果物だけでなく、私が作成した資料やワークシートを共有しました。まずそもそも前述の指導計画の共有自体が最も大事な共有でしたが、成果物共有をすることで、情報教育支援士の方が空き時間にプログラムをじっくり見て次の指導方針を考えるということが起きていました。

情報共有は、今回のディレクターである私から情報を発信するだけでは成り立ちません。私は全体を見渡したり取り出し指導をしたりするため、つぶさに各チームの進捗や生徒たちのつまずきを見ることができません。そこで行ったことが、授業フィードバックの配信・記載依頼と、メーリングリスト上での次回方針の展開と事前議論、そして当日ブリーフィングです。まず、毎回の授業後にメーリングリストに振り返りアンケートを配信します。項目は主に、今回の授業での生徒の様子/印象、今回の授業での懸念点/課題点、次回授業のゴール到達において懸念されること、遠藤への要望、の4点でした。当初は、授業終了後に振り返り議論の時間を取ろうと思っていたのですが、「あとで送ればいいじゃん」と言った支援士の方がいて、アンケート記載に変えました。ここに書かれた授業に対するフィードバックを受けて、次回授業のゴール像と実施内容を修正し、次回の方針と合わせて私の悩みポイントをメーリングリストで送付。そこに事前にメールベースでご意見をいただいたうえで、当日授業開始の10分前にブリーフィングを行なって授業に臨む、ということを行いました。

実例を見てみましょう。青柳さんの特別授業(Phase2:シナリオづくり)が終了した段階で、詳細のプログラム設計にまでは落とし込まれておらず、Phase3:実装が開始される次の週にまたがって詳細設計をする必要がありました。その一方、授業後のフィードバックで「一通りPepperができることをおさらいしてはどうか。開発環境を使って、どのブロックを使えばどの動作をするのかを体感しながら、Pepperのできること/できないことをふまえてプログラム設計をしては」という声がありました。確かにその方がいいと私も思い、Phase3-1ではPepperの機能を総ざらいする回とし、ICT研究指導員に全体の観察を、情報教育支援士には個別サポートをしてもらい、私が全体指導をするという形をとりました。そして次回Phase3-2からいよいよ個別のプログラミングに入るというとき、Phase3-1の振り返りのなかで「繰り返しと変数はプログラミングの重要概念として指導をすべき、そうでないと画面タッチでの場合分けや、タッチセンサの処理ができない」という指摘がありました。確かに、と思う一方、プログラムの中にそれらの機能を用いるチームとそうでないチームがいる可能性があることや、まだ設計ができきっていないチームがあったことから、Phase3-2では、各チームで分担している「ディレクター」「プログラマ」「デザイナー」ごとに行うことを分け、ディレクター役の生徒は学年教員(&この日来ていたTeach For Japanからの見学者)とプログラムの設計を、プログラマ役の生徒には変数の取り出しレクチャーを、デザイナー役には画面作りの取り出しレクチャーを行う、という形態での実施に至りました。

このPhase3-2の授業の実施方針については、プログラムの機能について、「知っているから使えるでしょ」派と、「使いたいときに知ればいいでしょ」派に、指導チーム内で意見が分かれた格好になりました。前者は、プログラミング学習のなかでも重要な技術的側面なだけに抑えておくべきだという主張で、私もその点は同意でした。他方で後者は、あくまでもコンセプトの具現化をする探求学習である以上、技術的側面にこだわる必要はないだろうという主張で、その点も同意でした。「対立」というと大仰ですが、こうしたコンフリクトがあるなかで、折り合いをつけながら方針を決定する、ということを私はしたんだと思います。これが、他の記事でも私が主張する「わたしとはちがうあなたと、いっしょにうまいことやる」ということだと思っていて、私が元来大切にしてきたスタンスを自分なりに発揮した場面だったと振り返ります。


人数が確保されていること、それぞれが役割を発揮すること

と、ここまで方針提示・情報共有・議論促進を行うと、自然と役割分担が生まれてくるものです。ICT研究指導員は全体を俯瞰的にみながら進捗状況と進め方についてパートナー的にアドバイスをくれました。情報教育支援士のみなさんは、なんとなくこの班を中心的に支援していくというのができあがりました。ちなみに毎週木曜日に設定した総合的な学習の時間ですが、2クラスを同時展開とはせず、1・2時間目が1組、3・4時間目が2組、みたいな構成にして、指導チームは4時間ぶち抜きで指導に当たる、ということをPhase3-2と3-3で行いました。そうすると、1クラスあたり5チームとなり、メイン指導者の私、ICT研究指導員×1、情報教育支援士×3〜4となり、全チームをカバーできる状態になるのです。そのこともあって、指導チームが定まっていき、そして個別的な支援(いいかえれば大人の入れ知恵)が進んだということも起きました。

ただ、全てが順風満帆に行ったわけではありません。実装のために用意していた6コマはあっという間に過ぎ、そしてプログラムは完成には至らず。そもそも「でききたところまでで終わり」で、完全な完成は目指さない方針を共有して進めてきましたが、それにしても6時間は短過ぎたため、全然出来上がってませんね、という話になりました。そこでプレゼン作成用に確保していたPhase4を、実装の最終仕上げ+プレゼン作成の時間とし、私が各チームのプログラムを印刷して「天の声」として赤入れをし、ある程度のところまでで完成とさせるよう誘導するようにしました。しかしひとつ失敗だったのが、このPhase4を、当初2時間計画のところを3時間にしたものの、その3時間を2クラス同時展開にしたため、支援士の支援が行き届かなかったことに加え、私がボトルネックになるという事象が起きました。この時はさすがに私も発狂寸前で、もう一人自分が欲しいと思うほどでした。

そうなんです、そもそも今回の取り組み、単元導入からコンセプトデザイン・シナリオ作成ののち実装、そしてプレゼンという一連の流れを16時間で行うという怒涛の計画で、そもそも時間的余裕がなさすぎるのです(ちなみに尻切れトンボになり、まとめプログラムを未だに実施できておらず、その点は本当に反省です)。それでも、結果的に全10チームがデモンストレーションを含むプレゼンテーションの実施にこぎつけています(本当はしたくなかったのですが、昼休み時間を使うこともしたうえで、ですが)。短い時間の中でプレゼン実施までこぎつけることができた、その最大の理由は、ICT研究指導員・情報教育支援士といった外部人材を、人数的に確保することができたこと、そしてその外部人材と、まさに「アジャイル的」に授業を進めてきたことにあると思っています。

「結局人数かよ!」と思うかも知れません。ただ、今回の取り組みを通じて、NPO青春基地時代にProject Based Learningについて取り組んでいたときのことを思い起こしながら、やっぱり探求学習は関わる人と時間がかかるんだな、と思いました。と同時に、単に人数がいればいいという問題ではなく、指導チームが「結局どこを目指すの?」ということをきちんとわかった上で、それぞれの役割を発揮する必要があるな、とも感じました。まさしくやっていることは、前職や各種NPOでプロジェクトを進めていたときにしていたことと同じだったと言えます。今回、ICT研究指導員や情報教育支援士は、「知識・技能」を有する専門家であり、私は学びのコーディネーター・ディレクターの役回りだったと思っています。「結局人数かよ!」という状況が他の学習場面でも起きうる場合、つまり指導チームの人数が増えれば増えるほど、それぞれの役割を最大限発揮するための、教員のディレクション力はより求められるんだと思います。そう考えると、これは本当に大変なことだ、と思います。


まとめ:ディレクターとして、学びの手綱だけは離さない

別にこの記事を通して伝えたいことは「どうだ、俺すげぇだろ」ということではありません。いや、正直ちょっと悦に浸って勝手に自己効力感をあげている側面はありますが、しかしだからこそ、この記事に書いたようなアクションを「自然なもの」として教員が行うのは、ちょっとやそっとの研修では可能になるとは思えません。他方、こうした動きを教員が全くできないのかというと、そんなこともないと思っています。現に、校務分掌という仕事を通じて、校内の同僚や児童生徒を動かして事を為すということを行なっているはずで、そのプロセスで行うべきことのエッセンスは、この記事で書いていたこととなんら変わらないはずです。ただやりとりをする相手が変わっているだけだ、とすら言えると思います。その点で、教員がわざわざ会社員経験をする必要なんてないと思うのですが、とはいえ「ディレクター化する」あるいは「わたしとはちがうあなたといっしょにうまいことやる」という視点を持つ必要性は大いにあるのではないでしょうか。

私は、意識的か無意識的か、「学びのデザイン」の手綱は自分が持つんだ、という感覚で今回の取り組みに携わっていたと思います。それは私のこだわり傾向が故だと思うのですが、その割には今回、自分ばかりが頑張るんだ、という感覚には陥りませんでした。なぜなら、いい具合に外部人材に頼れたからだと思います。あくまでも「いい具合に」であって、「全部」ではないところがポイントです。前回の記事でも、教員の専門性は「カリキュラムデザイン」と「評価」と書きましたが、そこさえ手放さなければ、コンテンツ部分は外部に頼ることができます。そこさえこだわれれば、ことのほか「外部人材」と関わっていくことは、めんどくさいことでも、疎ましいことでもないはずだと、私は思います。


さて、いよいよ次回がこのシリーズの最終回となりますが、そこで考えていきたいのが「結局、なんのためにプログラミングを学ぶの?」という点です。これは、国レベルの議論をガン無視した上で持論を展開する予定ですが、第2回・第3回ではあまり触れてこなかった、生徒の様子や、生徒への意義の説明といったところをお伝えできればと思います。

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