なれない革靴で、足が痛い

ただいま、飯塚。ただいま、我が家。

ここのところ東京に行きまくっていた。懲りずに受けた国家公務員経験者採用試験(係長級(事務))のために、10月初旬と11月初旬に、さらには試験通過後の某省の官庁訪問のために11月下旬に。すべて自費の交通費もバカにならないが、冬のボーナスで精算。

そこへきて、この週末にまた上京。大学時代からプロジェクトを共にした後輩ながら、気づけば飯塚の地で私より先に学校教員をしたTFJフェローの先輩。彼女のプロジェクトも引き継いだ部分があった、ということもあり、「いったい俺は何枠?」というところで列席した挙式と披露宴は、晴天に恵まれ、暖かい演出のもと、つつがなく行われた。めでたい。

そこへきて、土発日着にすればよかったものを、金夜発にしてしまい、そして徹底的に荷物を減らそうとした結果、昨年購入してそれから登場機会の少なかった革靴を履いて、その革靴で2泊3日を過ごした。

結果、足が痛い。


出発は金曜夕方。「友人の挙式でまた上京です」と言って、定時すぐに勤務先を出て、一通りの荷造りと着替えをして、川沿いの低地にあってハザードマップ的に言えば浸水被害を真っ先に受けるアパートを17時30分ごろに出ると、川を渡るときに見える八木山が、ちょうど夕方と夜の境目に映えていた。夕方はバス遅延の可能性もあるので、歩いて5分の高速バスのバス停にせず、そこからさらに歩いて15分くらいかかる最寄り駅まで向かい、電車を使って空港を目指した。この時点でだいぶ足がやられている。飛行機に乗ったら乗ったで足がむくむ感じして痛い。何やら右の小指に違和感を覚えながら、羽田を降り立ってから京急蒲田を目指した。どうしても、燕三条ラーメンのラーメン潤に行きたかった私は、飛行機に乗る前に博多駅の阪急でイカ焼きを2枚手に入れてラウンジで食ったくせに、「全部入りラーメン」を23時ちかくに平らげてしまった。大量の岩のりと、背脂は「中脂」。宿泊した宿は、かつてシェアハウス暮らしを営んだJR蒲田駅西口のアーケード沿いにあるところ。ということで、京急蒲田からJR蒲田はそれなりに距離があるため、まぁまぁ歩いた。履き慣れない革靴、やっぱり足が痛い。宿について靴下を脱ぐと、案の定、右足小指にマメができていた。よくないとわかりつつも、潰してしまった。

明くる朝、蒲田といえばシビタス。ホットケーキにうつつを抜かしながら、今日は何をしようかと思案。金夜に都内に入り、土曜をまるまる都内で過ごせるように、としたのだが、夕方から友人宅にお呼ばれして忘年会に参加する以外に予定は入らなかった。それに、足が痛い。結果、「この革靴を千葉スペシャルで磨いてもらう」と思いたち、有楽町に出向く。磨いてもらった後、シェイクシャックで肉肉しいシャックバーガーにかぶりつき、「やっぱりこの足が痛いのはどうにかせねば」と思ってインソールを買う。それから、もう先にチェックインしてしまえ、と、バスに乗って晴海・豊洲を回って、国際展示場駅直結のホテルに向かったのだが、そのバスは国際展示場駅には回らないので、有明テニスの森バス停で降りてから10分ほど歩く必要があった。そもそもバスも満員でずっと立ちっぱなし。やっぱり足が痛い。宿にはマッサージチェアがあったので、足をほぐしてからまた宿を出て、駒込の友人宅を目指したのだが、これまたケチってバスで向かったため、有明から銀座の手前くらいまで立ちっぱなしの餌食に合う。駒込の友人宅には、椀物から昆布締め、昆布出汁のしゃぶしゃぶに昆布出汁漬けのいくらまで、たらふくもてなしていただいた。

宿に戻ってからが困り物で、マッサージチェアでマッサージを受けたからだろうか、背中に凝りを感じて、それが頭痛に発展して、深夜帯に眠れない時間帯を過ごしてしまい、だいぶしんどかった。眠りに入って次に気がついた朝8時には、頭痛も凝りもひいていたのでなんとかなったが、その再発を恐れて、肝心の披露宴ではあまり酒を飲むに至れなかった。ちなみに挙式も披露宴も冒頭に記載した通りとても暖かい時間で、新婦の人柄を表しているな、と思った次第。しかし、パーティションありの座席での歓談は、人の話を聞こうとするのにかなり苦労する。コロナ禍のウェディングは大変だ。そうして14時くらいに会がめでたくお開きとなり、豊洲からバスで東京駅に向かったのだが、フライトが19時発で、ぜんぜんすることがない。東京駅も大混雑で、やっとこさ入ったカフェでアイスコーヒーをすすっているうちになんとなく17時前くらいになり、そうして空港に移動してラウンジでなんとなく時間を過ごして、そして飛行機に乗って福岡に戻り、今に至る。本当はバスで帰ってきて、家から徒歩5分の高速バスのバス停まできたかったのだが、いい接続のものがなく、やむなく電車で帰ってきた。しかしそうすると18分の徒歩が待ち構えている。なんとか乗り切ったが、最後の最後に足を痛めつけられた。


革靴は、履き慣らさないとならない。靴の方も柔らかみを出していかねばならないのはもちろん、足の側を慣れさせていく必要がある。しかし今回、こんだけ足が痛むということは、よほどその靴を日頃履いていないという証拠である。

その靴は、ビジネスレザーファクトリーで購入した。この記事に書いてある、人事時代の仲間と宮古島で過ごす旅行をした帰りに、GoToキャンペーンのクーポンをどうにか使わねばと思っていた矢先に、那覇空港のビジネスレザーファクトリーに吸い寄せられ、「え! ソールまでレザーの靴が、この値段で!」と思い、つい買ってしまった代物である。これを購入した日は、2020年に受験した、国家公務員経験者採用試験の合格を受けての、官庁訪問(=面接)をオンラインで行う日の前日のことだった。「試験に受かったんだ、面接で自分が選ばれないはずがない」と、購入した4ヶ月後には霞ヶ関で働いていることを妄想し、だったら、と思って買った革靴だった。結果はこの記事の通りなので、妄想は妄想のまま消え、革靴だけが残った。

1週間は168時間。その半分いかないくらいの時間を過ごしている今の職場で履いているのは、上履きがわりに買ったユニクロのスニーカーである。いまでこそ足に馴染んでくれたが、購入当初は靴紐が右足親指の付け根に当たって痛い思いをしていた。ただ、いうてファブリックの柔らかい生地のスニーカーである。ソールはゴムだから反発も良い。革靴を履き続ける生活など程遠い。いや、実は通勤には革靴を使用している。だがそれは私が「刑務所革靴」と呼んでいる、意外と人気のある刑務所作業品の革靴だ。だいぶ幅の広い履きやすいものを買ったため、足への負担がそんなにない。しかし日々の生活で使っていることもあり扱いがぞんざいになってしまって、だいぶほころんでいる部分が多い。それをフォーマルの席に履いていくわけにはいかない。そんな時の救世主といわんばかりの靴が、広島県のレザースニーカーブランドであるSpingleのBizラインでごくたまに生産される、カンガルーレザーのフォーマルスニーカーである。先般の、2021年の国家公務員試験関係の上京の際には、その靴を履いていった。

しかし、今回はビジネスレザーファクトリーの革靴を履いていくことにした。それはある意味、見栄を張りたいと思った部分があったのかもしれない。いや、それでも購入した時には、すこしだけ余裕を持った履き心地にしようと思い、ピッチピチなものを選ばなかった分、この靴を履いたとしても、そんなに負担はないだろう、と思っていた。実は、購入してからしばらく、土日に革靴を履いて、履き慣らしをしていた時期もあったほどである。だから大丈夫だろうと思っていた。しかし、足はついていかなかったようだ。


革靴を履いて、闊歩する仕事。そこに憧れを抱いている部分があった去年。夢破れてからの1年間、霧が晴れるような思いがしないまま過ぎていった。今年もチャレンジをして、結果は全滅。そこから、輪をかけて、自分の見えない「ミチ」に対する思案が、毎夜のごとく押し寄せてくる。端的に言って、最近だいぶウツい。朝になれば結局起きて仕事に向かい、だいたい22時より少し前くらいに家に帰ってくる。日中は、「あー働きたくない」という冗談を口癖に、結局仕事に脳内リソースを割くので良いのだが、家に帰ると思考がぐるぐるとする。

自分でもわかっているのだが、SNSを見ちゃうのも良くない。タイムラインで流れてくるニュース記事のシェアとかに「省」という文字を見ただけで「うわぁ」となってしまう。なお、あえてその「うわぁ」には、説明を書き加えないでおくことにする。それだけでなく、誰かが書き込む「成果が取り上げられました」的な投稿に対して、羨望と嫉妬を覚えてしまう自分に気づいてしまう。それを「報われない」なんてつぶやきに転化してしまうんだから、それもそれで自分のタチの悪さを感じてしまう。

「誰に、どう、認められたいんですか?」「認められている人って、認められるためにやっているわけじゃないですよね」「あなたが一番大事だと思ったり、一番したいと思ったりするのはなんですか?」なんていう問いたちが、嫉妬と羨望を覚えてしまう感情的な自分自身に対して、理性的な側面を持つ自分自身から投げかけられてしまう。きっとその問いたちは、感情的な自分が抱いている「うわぁ」感を誰かに相談した時に寄せられる問いであって、理性的な自分は、きっとそんな問いが投げられるだろうなぁと予測してしまうのだ。そういうことじゃねぇんだよ。正論で殴ってくんな。

「先生は、この学校に来て3年目ですよね。教師になって、でも去年も国家公務員を受けて、そして今年も受けたじゃないですか。なんで今年も受けたんですか」という問いを、ある生徒からもらった。1on1でじっくり話をする機会を持ったのだが、頭の片隅では予測された質問だったものの、「悔しかったから、なんだろうなぁ」という答えしか捻り出せなかった。その生徒は将来、教師になりたいと思っている。その「未来への希望」を持つ生徒が目の前にしていたのは、その生徒が未来の希望として抱いている職業に就いている人間で、そしてその人間は、その生徒が将来の希望として抱いている職業とは違う職業を選択しようとしていたのだ。そりゃ、不思議に思われても仕方ない。そして自分でも不思議なのだが、もはやなぜ「キャリアチェンジ」をしようとしているのか、言葉にできない・したくない部分が多すぎて、困り果てている。

事実として、「キャリアチェンジ」を図ろうとしている自分がいることは確かである。しかし、それがなぜなのか、うまく説明がつかない。うまく説明がつかないまま丸一年。革靴を履くことが多そうな仕事への憧れのようなものが、まだ自分の中に燻っている。それは見栄なのか、野心なのか、はたまた現状に対する不満なのか。しかし最後の一つに関しては全力で否定したい。今に不満があるわけじゃないし、今の仕事は魅力的だと思っている。さっきの生徒に対しても、問われた中で「この仕事は魅力的だと思っていることは間違いない」と伝えた。しかし理性的な自分がここで自分にツッコミを入れる。魅力的な仕事だと思うならばそれを続ければいい。なぜシフトチェンジを図ろうとするのか、と。その答えを言葉にすると、いいようもない敗北感に苛まれそうな気がする。

たいそう贅沢な悩みだということはわかっている。生きるためには働かなきゃならないし、その意味ではしのごの言わずに働けよ、今にフルコミしろよ、というのも至極その通りである。しかし、それは「多様な個々人の集合体」としての世間一般と比較した相対的なものの見方でしかなく、自分自身という個人の内面においては、やっぱり2週間前に書いた記事にある「軽い絶望」から抜け出しきれていない。いちおう、もがいて動いているものの、本当の意味での納得感を持てるような出会いにまだリーチしていない感覚があり、それもまた高望みなのだろうとわかっているのだけれど、どうにも「スゥーッ」とする感覚を持てていないので苦しい。なんなんだ、これは。

千葉スペシャルで革靴を磨いてもらうと、本当に鏡面仕上がりになるのでおすすめである。光り輝いて見える靴の仕上がりには心が躍る。その靴を履いている自分自身にもテンションが上がる。しかし、足が痛い。厳密には、擦れることでマメができてしまう部位と、なれないがゆえに筋肉痛が出るスネと、その辺りが痛い。帰宅して1.5時間が経過した今も、まだ痛みが残る。まぁそんなにすぐには引かないだろうけれど。

とにかく、革靴を履くには、今の私には不足が多いようだ。あら、不足って「足にあらず」って書くじゃないの。どおりで足が痛むわけだ。なぁ、どうやったら、足る人間になれるんだい? いつになったら、報われたと、幸せであると、感じられるんだい? 自力で健やかに立てていないくせに。ちくしょう。


なんてことを、ウツい夜にウツいツイートをしたときに前職の後輩にリプでシェアしてもらった楽曲を歌っているアーティストの別のナンバーを聴きながら書き出してみた。

河川氾濫すれば沈んでしまう部屋に独り。スネの痛みを感じながら、正直「なかなかわかってもらえねぇだろうなぁ」なんて思いながらキーボードの指を滑らせ、また明日から始まる1週間の仕事に向け、眠りにつくことにしようか。

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