教員が「社会」に十分通用する4つのポイント – TFJフェローの修了論文として

Teach For Japanのフェローシッププログラムの2年間を終えた。

最低もう一年、2021年4月からを今いる福岡県飯塚市で、教員として過ごすことにした私にとって「終わり」という意識はこれっぽっちもない。けれど間違いなく、寄付者からの応援と、職員からのサポートと、同じフェローどうしの支えを受ける、という立場は終わりを迎えた。

日本全国から、教員免許の有無・社会人経験の有無に関わらず、教育への熱意を持つ人を集めて、地方自治体に常勤講師としてマッチングをするフェローシッププログラム。このプログラムの一つの意義は、2年間という限られた期間の中で、教育現場でもがきつつもチャレンジをする、その姿自体と、そこから見えてきたことを、世の中に発信することを通じて、教育という social agenda に光を当てることにあると思う。一人のフェローが起こせるソーシャルインパクトは小さくても、そのストーリーが誰かにとっての力となり、違った形でインパクトを生む、ということを信じるほかない。

3月27日にプログラム修了式を迎え、修了生としてプレゼンテーションをした。タイトルは「僕はこの仕事に向かない」にした。この話を職場の同僚に話したら、自虐がすぎると言われたが、私にとっては自虐というよりも自戒に近い。それほどに、私の2年間は「人としての足らずを知る」期間であり、自慢したいキラキラする実践にもチャレンジできたが、それ以上に教員という仕事の「しんどさ」と「とうとさ」を痛感するとともに、奇を衒ったものではない「ふつう」の実践を遂行するプロ性にこそ、他の職業に比しても誇れるスキルやコンピテンシーが詰まっていると感じた。

大学と院で外国語教育学を学び、教員免許も英語と社会を取得し、それでも民間企業に出てマーケティングと人事を務め、かたわらで教育系NPOの活動に従事し、なるべくしてなった教員という仕事。準備を重ねてもなお「太刀打ちできない」と感じるほどに、誇ってしかるべきこの仕事は、その実、学校外からは「やりがい」という情緒的側面で認識されるにとどまる気がしている。そして、いやむしろ、その情緒的側面での捉え方をしているのは、かくいう教員自身であり、いわゆるビジネス界との共通言語を持たないが故に、ある種不当に「社会に通用しない」と思い込まされているところがあると思う。

文科省が展開している #教師のバトン というプロジェクトが、スタート当初に阿鼻叫喚の様相を呈したように私の目には映ってしまった。思ったことは二つで、一つは、多くの教員が「そんなことよりこの大変さをなんとかしてくれ」という叫びを上げているんだなということ。もう一つは、しかしその叫びが自らの仕事に対する印象、あるいは魅力や価値そのものを下げるに至っているんじゃないか、ということだった。文科省もお気楽と性善説でこうしたプロジェクトをやればどうにかなるだなんて思っているとは考えられない。現場の状況をわかってもなお、スパゲッティ・イシューと化した学校教育の諸問題に対する、チャレンジの一つだろう。

私にできること。それは自らのミッションである「学校と社会をなめらかに」するために、いまや学校サイドにいる人間として、「社会」と呼ばれる側の共通言語を用いて、教員の魅力を語ることにある。勝手ながらにそう思っている。今回は4つのポイントでそれを語っていく。

  • 授業設計と事業企画のプロセスは似ている
  • 教員はピープルマネジメントのプロである
  • 教員の仕事は企画職としての機会だらけだ
  • 学校はマーケットと流行の縮図とも言える

まるで修了論文みたいなもんだと思って、いつもの長文はご容赦願いたい。まとめるのは無理だ。それほどまでに想いと誇りがある仕事であり、たとえ「僕はこの仕事に向かない」としても、「それでも果たすべき責任がある」といって、この仕事にとどまることを決意した、その覚悟が故の文字数である。


授業設計と事業企画のプロセスは似ている

3月の頭に、株式会社ホジョセンの代表・高橋さんと、株式会社いつつの代表で女流棋士の中倉さんとClubhouseで対談をした。テーマは「人に教えるということ」だった。ホジョセンの高橋さんは、アクセンチュア・P&G・MM総研・アドバンストマークといった会社で、マーケティングや事業コンサルを経験したのちに、マーケティングのコンサルタントとして独立された経験をされている。私は前職・マクロミル時代に「マーケティング・ブートキャンプ」という、セミナーとワークショップを組み合わせたマーケティングの体系的学習プログラムを、高橋さんと一緒に設計した経験を持つ。

その高橋さんはここ数年、女流棋士の中倉さんが主宰する将棋教室の経営にも参画していて、そのご縁もあって「人に教えるということ」というテーマの対談の相手に選んでいただいた。私なりに学校教育現場でのできごとをお話しする中で、ふっと私の口から出た言葉がある。それは

学校教員の専門性は、
発問と評価に集約される

というものだった。

そもそも学校教育で展開される「授業」とは、文科省から示されている学習指導要領という「ガイドライン」に則り、そこに記されている項目に基づいて年間・単元・毎回の授業という各段階で到達目標を定め、その到達目標に至るための学習活動をデザインし、その学習活動を通じて学習者が目標に到達できているかを確認し、それに基づいて目標自体や活動デザインの修正を図り、また学習者に対してフィードバックをしていく、というプロセスの総体のことを指している、と私は認識している。だからその実、「『学習』指導要領」なわけであり、指導案でも「『学習』活動」といった表現が用いられる。

私のいう「発問」とは、すなわち学習活動のデザインのことだ。学習者=児童生徒が「どうしても解きたい!やりたい!」と感じるような学習活動を問いかけによって誘発し、あるいはたとえ一つの「正解」が定まっているような事柄についても理解の仕方が個々人で違う分、その多様な理解の方法を担保しながら「正解」を理解できている状態を問いかけによって促している。言うなれば、発散する学びも、集約する学びも、問いかけによってデザインが可能だったりする。さらに言えば、最終的に到達すべきポイントに一足飛びに進めない場合に、ステップを分解しながらそこに到達するようにすることもまた、問いかけによって可能になる。

一方の「評価」は、目標と現状の差分を明らかにし、その差分を埋めるために何をて立てればいいかを考えるプロセスのことだと捉えている。そのプロセス自体を英語で表すならばassessmentであり、そこに「最終的な価値づけ」が入るとevaluationになり、おおかたの日本人が捉えている「評価」はevaluationのウエイトが大きいが、結局大事なのは学習者が「じゃぁ次に何をすればいいのか」を認識できることなので、学習の次なる打ち手につながる評価がなされるほうがよほど重要だと私は捉えている。現に国立教育政策研究所からも「指導と評価の一体化」というキーワードに基づいた評価方法に関する研究や文書が出されている。

目標到達型の学習パラダイムについては、議論の余地がめちゃくちゃあるのだが、仮に目標到達型パラダイム(いいかえればバックキャスト型)ではない、生成論的(あるいはフォーキャスト型)パラダイムにおいても、発問と評価は重要な教員の専門性として残ると思っている。「教員の専門性」について話し出すと、これまた議論が紛糾するが、ひとまず私が「発問と評価に集約される」といったのは、学習活動のデザインにおいて最低限必要な要素がその二つであり、どちらが先立つものとも言えない要素だからだ。

そんな話を、件の高橋さんにしたところ、彼から出てきた言葉がこの言葉だった。

それって、事業のプロセスと一緒ですね

一瞬、「授業」と「事業」を聞き分けできなかったくらいだが、言葉の響きだけでなく、プロセス自体に相似性を見出せるという発見には、私自身「ですよね〜!」という声を発してしまったほどだった。

ビジネス界における事業の本質は、顧客の現状を理想状態にするためのギャップの解消だと私は捉えている。ギャップの解消のためのステップをデザインし、商品やサービスを通じて顧客にとっての価値を高めていく。ある意味では、授業における「発問」が、事業における「商品やサービス」と言い換えることができるだろう。そしてその商品やサービスによって、本当に顧客にとっての価値が高まっているのか、理想状態に近づけているのかを評価し、次の一手をまたデザインしていくわけだが、それはまさしく授業における評価のプロセスと完全一致する。おそらくこの一連のプロセスをビジネス的な用語にすると、PDCAというものになるだろう。

つまりビジネスパーソンも教員も、PDCAというサイクルで仕事をしていることには変わりがなく、その点では同じコンピテンシーを持っていてもおかしくはない。対象としている相手と、その規模、そして何を成果指標においているかの違いでしかないのだ。そしてここからはあくまでも私見だが、事業も授業も、どっちも甲乙つけがたく「難しい」わけで、「難しい」の判断軸を同一にはできないと考えられるが、明らかに「わかりにくい」あるいは「説明しにくい」のは「授業」の方だと思う。理由は単純だ。ビジネスでは「売り上げ」こそが、多くの人々の共通理解を得られやすい指標だからだ。

いいかえると、教育の成果というのはビジネスプロセスに比べて、測りにくいし・すぐに出ないし・人によって違うし、本当にわかりにくい。授業の成果というのは決してテストの結果ではなく、そもそもテスト自体が「評価」のプロセスの一部でしかないので、最終的なゴールの到達はテストだけでは測り得ない。それに、成熟社会におけるマーケティングの定石はターゲティングをすることにあるので、事業のゴールは焦点化を測りやすいが、教育は全体を見渡せば焦点化していいものかというとそうではないと感じる。そもそも「よりよく生きる」は人によって違うので、共通化を図ることがもはや無理だろう。

そう考えると、ビジネスパーソンが教員になってすぐに授業におけるバリューを発揮できるかというと、「分かりにくさに立ち向かう」という点で難しいと言わざるを得ないと思う。いっぽうで教員がビジネス界に飛び込んですぐにバリューを発揮できるかというと、それも難しいんだろうが、その難しさは「領域の違い」によるものであって、きちんと自分の専門性を抽象化して認識できている人であれば「むしろわかりやすいかも」といって転身を図ることは容易いとさえ感じる。

繰り返すが「難しさ」は、さまざまな側面において比較可能である以上、一概に決定づけられない。しかし私が述べておきたいのは、授業づくりは事業づくりに活かされる、ということであり、その点において我々教員は、もっと誇っていいはずなんだ。


教員はピープルマネジメントのプロである

お恥ずかしながら、私は前職ではマネジャーという役職についたこともないし、ピーター・ドラッガーの名著「マネジメント」を読んだこともない。しかし私は「マネジメント」という言葉を自分なりにこう解釈している。

わたしとはちがうあなたと
一緒に「うまいこと」やって
だれかに役立つことをする

このステートメントは、私自身の Vision / Misson / Value におけるValueとして位置付けているものでもあるが、およそ「マネジメント」という言葉がつくプロセスのほとんどにあてはまりがいいと考えている。このステートメントに思い至ったのが、まさしく前職時代のことだった。

ところで、前職時代のとある部署のマネジャーが、「仕事なんだから、モチベーションに左右されるのはおかしい話で、モチベーションというのは一定であるべきだ」と言っていたのを又聞きしたことがあった。たしかにそりゃそうだよな、と思う反面、どうしても「モチベーション」というものに左右されてしまうのが人間の性だなと思うし、だからこそいっしょに仕事をするチームメンバーのモチベーションを維持するために、様々な働きかけを行うことも、組織成果の担保を責務として負うマネジャーの役割の一つだということもできる。

加えて昨今、それこそ私が人事だったころから取り沙汰されているキーワードに「心理的安全性( psycological safety )」というものがある。勘違いすべきでないのは、これは決して「仲良しこよしでお互いを侵食し合わない状態」を指すわけではなく、状況によっては耳の痛いことを相互に受け入れられる、ある種の人間関係に対するリスクを許容できる信頼関係を構築している状態のことを指すと私は認識している。これがあるからこそ、自己実現の欲求を満たすフェーズに移ることができるわけだし、互いが互いのチャレンジを支援できるわけだし、互いが互いの自由を尊重できる。マネジャーにはこの状態の担保に対する役割もあるだろう。

そう考えると、組織成果の達成においてはピープルマネジメントが果たす役割は基礎でありながら重大で、しかし誰もが簡単にできる所業ではないというのは、すぐに気づくところだと思う。現に、プレイヤーとして優れた人がマネジャーとして優秀な成果を上げるかというとそうではないし、仮にピープルマネジメントが定式化された戦術やセオリーに落とし込まれているとしたら悩んだり迷ったりする人はいないはずだ。ビジネス文脈においては、顧客価値の最大化≒利益の最大化というぶれない共通目標があるにも関わらず、構成員がみな「わたしとはちがうあなた」なので難しさが生じるのだ。

そこで、この画像をご覧いただきたい。TFJフェロー1年目の夏、つまり教員になって半年経たないころから各所で使っているチャートだ。

私は各所でこの画像を使いながら喋るときに、「企業に比べて学校教育のピープルマネジメントは無理ゲー」と言っている。

企業であれば、採用プロセスを通じて、能力や志向性を一定程度ならすことが可能だ。しかし公立の義務教育を考えて欲しい。そのばらつきは相当激しいし、それが所与だ。その上で、1人の担任が学習成果の達成の責を担う「構成員」の数は、現行の法律でいうと最小でも20、定数改善でも17となる。AmazonのCEOのJeff Bezosが「会議は2枚のピザを分けあえる人数程度で」と言ったそうだが、定数改善後の17という数字では、どう考えても満腹にはなれない。加えて言えば、児童生徒は教員を選べないし、教員は児童生徒を選べないし、児童生徒どうしは違いを選べない。

私は学級担任ではなく副担任という立場で、また自身が担当する英語の授業においてのみ「学習成果の達成」の責を負うという、まぁ限定的な関わり方ではあったものの、それにしたってだいぶ苦しんだ。その苦しみの元凶が何だったかを紐解くと、ひとえに「モチベーションコントロール」と「心理的安全性の担保」だったと思っている。私が相手をしていたのは、思春期という、ホルモンバランスを一つの原因とする「アンコントローラブル」な心理状態を抱える、中学生という年齢層である。社会性の獲得も途中の段階であることを踏まえれば、集団としての「心理的安全性」の担保はかなり難しい。なにより、報酬がない分、学習に対するモチベーションは内発的なそれを喚起するしかなく、それがなにより難しい。

そう考えると、あらゆる側面において、ビジネス文脈におけるピープルマネジメントに比べて難しいプロセスの舵取りを任せられているのが教員という仕事なのだ。考えてみて欲しい。この「ピープルマネジメント」の立場は、通常ビジネス界においては、就業経験一発目でいきなりぶち込まれる世界ではないはずである。新規学卒の正社員がアルバイトマネジメントをするケースにおいても、初期研修があるはずだ。しかし教員はどうだ。場合によっては4月の第一週からいきなり担任である。その相手に「忖度」の二文字は存在しない。

このことについて、新卒で採用されて3年目を終えた知人の教員がこの記事でうまくまとめてくれているが、ポイントなのは、それが構造上そうなっている、ということである。記事の著者は「だから失敗は自分のせいではないし、でも失敗の原因は特定できるし、だから手は打てる」と言っているわけだが、一方で思うのは、特に公立の学校教育現場は、4月の第一週目に大卒の新規採用者を現場に出しても、一定プロセスを維持することができる仕掛けを持っていた、ということである。先に言っておくが、その手立ての一つとして、人権の観点から許されるべきでない手段を講じていた過去があったことも事実だろう。しかし他方で、そうした過去の悪しき習慣を廃してもなお、この「無理ゲー」感のあるピープルマネジメントプロセスを奏功させているさまざまな「技術」と「スタンス」が存在するはずなのだ。

その技術の一つの側面が、「授業力」であり、言い換えれば「発問と評価」である。発問と評価はダイレクトに内発的動機付けに作用する。また一つの側面が、「ルールと見通し」であり、ルールの存在が集団の中に存在する上での一つの指針となることで安心感を生む材料になると言える。一方で、その「ルール」は管理的に定められたものではなく、あくまでも集団の合意の産物として捉えられるものとしたときに、「ルールは変えられる」という考えのもとに集団としての意思決定を図っていく「自律の仕掛け」もまた、技術的側面の一つといえる。そして、これ以外にもたくさんある「技術」と「スタンス」は、常に動的なものであり、一つとして定式化できるものは存在しないと言える。

だから、ビジネス界はこれらの「技術」の、動的な組み合わせの蓄積から学びを抽出できるはずだし、そこに着目をすべきだと思う。そして何より学ぶべきは「心に寄り添う」というスタンスだろう。そのことは私が語るよりも、宇宙兄弟やドラゴン桜の編集者であるコルクの佐渡島庸平さんの『教師というなの感情労働について』という記事を読んでいただいた方がいいと思う。第一線のビジネスパーソンが、教師という存在から学びを得ていることが、ありありとわかるはずだ。その点において我々教員は、もっと誇っていいはずなんだ。


教員の仕事は企画職としての機会だらけだ

私は昨年の11月にキャリアチェンジをかけてある面接に臨んだのだが、そこでこのような質問に遭遇した。

この成熟している組織体制のなかで、
それでもあなたを採用するメリットは何か

私はそのとき「それでも熱意をたやさないことですね」と答えたのだが、今思えばもっとうまい返しがあったろうに、と思う。それは私が、この2年間のTFJフェローとしての赴任期間のなかで、公立学校という「成熟しきった制度」のなかにおいて、いいかえれば「ほっといても前年踏襲で物事が進んでいく状態」のなかで、その枠組みとうまく折り合いをつけながら、「あたらしい」とみなされるような実践を重ねてきた、その企画力こそがメリットだ、という返しだ。

いっとき、私の「キラキラタイム」にお付き合い願いたい。私自身ははっきりいって、本分である「英語教員」としてのパフォーマンス発揮は、あまりできてこなかった。成績の向上を果たすことはできず、どんな状況においても学習に効果がある実践に対して意思を通し切るということはできなかった。だが、本分ではないところでは、過去の様々な経験を通じて得られたことをこれでもかと注ぎ込んで、一定のパフォーマンスを上げるに至ったと思っている。たとえばこんな実践だ。

  • 1年目、市の施策であるPepperを使ったプログラミング教育を担当し、総合的な学習の時間のなかでチーム別でアプリ開発に取り組んでもらった。Pepperの会話エンジンの開発に携わったクリエイティブディレクターさんと知人になり、彼を特別ゲストに迎えたコンセプトデザインワークショップを実施し、その後のアプリ開発では「エンジニア・デザイナー・ディレクター」という分業制をしいて、生徒42名・10チームの全員がアプリ開発を成し遂げた。
  • Pepperプログラミングの校内代表チームが市内大会に出場し優勝、全国大会への動画エントリー権を獲得し、見事全国大会出場を果たした。同市から他に2チームが全国出場を果たしたため、大会前日に出場チームの合同プレゼン練習会を、Yahoo!本社のオープンスペースLODGEをお借りして実施した。
  • 2年目、職場体験学習が新型コロナウイルス感染症対策の観点から中止となった代わりに、校長の発案により農業体験が総合学習のコアと位置付けられたが、そこに「生産した農作物を地域で販売するためのビジネスプランを立案する」という要素を加え、生産とマーケティングのハイブリッド体験学習を企画。地域の農業6次産業化に成功した生産者による講演や、ビジネスモデル立案のフレームワークを用いたアイディア出しの授業などを企画し、農業体験と両立して実施した。
  • その農業体験において、害獣対策が課題として上がった際、地域の里山保全団体に校長が連絡を入れたところ、間伐した竹を用いた竹柵の設置という企画が浮上した。里山保全団体との日程調整や段取り調整などのコミュニケーションを引き受け、里山保全と害獣対策のハイブリッドな農業体験活動のしつらえを整えた。
  • 同じく2年目、生徒会顧問教師を担当し、新型コロナウイルス対策の観点から集合型で実施するのが難しいと思われた生徒総会のZoom開催を行なった。また、それまで各委員会の年間計画審議にとどまっていた議題に、生徒会役員の要望から「自由審議」の時間を取り入れた。
  • 生徒会役員の年間コンセプトを、コンセプトデザインのワークショップを開催することで形作り、年間の活動をコンセプトに基づいて実施した。ワーディングしたコンセプトを絵で表現した旗を制作すべく、美術部に対して発注をし、クリエイティブブリーフィングを役員に担当してもらった。
  • 新型コロナウイルス感染対策から中止となった体育祭やクラスマッチの代替となるイベントの実施をどうしてもしたい、という生徒会役員のたっての希望を叶える形で、昼休みを使ったプチ運動会の企画をサポートし、企画書の作成・ルールづくり・備品準備・感染対策などの準備を支援しながら、12月に生徒たち自身による運営で実現させることができた。

これだけの実践に取り組むことができたのは、一つには私が教員になる前にしてきた経験が糧になっていた部分はある。いま一つには、これだけの取り組み=チャレンジに対して、それを支援してくださった周囲の同僚や地域の方々の存在がある。しかし大事な視点を一つ忘れてはいけない。これらの取り組みはすべて、福岡の、田舎の公立中学校で行われたことである。いいかえれば、「ふつうの」中学校であっても、一見すると型破りともとれる実践に取り組むことができるポテンシャルがあるということだ。つまり、「企画力」を生かした仕事ができるという土壌が、そもそも学校現場にはある、ということを見過ごしてはならない。

「企画力」の発揮場面は、なにも総合的な学習の時間や、特別活動の時間に留まるものではない。さきほど私は「本分たる英語の授業でパフォーマンスを上げられなかった」と言ったが、それでも英語の授業においても例えば、

  • 教室にPC室のタブレット型PCを持ち込んで、実在する航空券チケット検索サイトを使いながら旅行計画を立てて英語で表現させる活動
  • 書籍『PRAY FOR JAPAN』に掲載された、東日本大震災当時の「心に残るつぶやき」の英語翻訳文を読み解いて311当時の状況に思いを馳せる授業

といった、他にもさまざまな取り組みにもチャレンジをした。それが実現できたのは、「英語」という教科はあくまで枠組みであり、それを「活かす」ことが自分の仕事だという発想でいたからだと思う。

そして学校教員が「企画力」をもっとも発揮する場面だと感じるのが、校務分掌の仕事である。時間割や日程づくりから、学力向上施策、校内安全指導、校内美化、給食指導にいたるまで、学校組織の運営にかかわる仕事は細分化されており、それを各教員がそれぞれの分担の範疇で業務にあたる。おそらくだいたいの校務分掌は、実態として、前年踏襲で取り組まれることが多いのだが、なぜ前年踏襲するかというと、理由は2つあると思う。1つは、これまでの学校運営のなかで、ある程度の試行錯誤が積み重ねられてきた結果として、ベストプラクティスに昇華されている側面があるから。もう1つは、教員には定期異動があるため、毎年組織体制が若干変わっていくことから、誰がその業務を担当してもよい状態を作り出しておく必要があるから。このことに気づいたとき、私は「前年踏襲も完全なる悪ではない」と思い至るようになった。

だからといって、完全な前年踏襲ができないのが実情である。繰り返すが、前年踏襲しても「ある程度は」うまくいく。しかし、相手にするのが児童生徒という人間、あるいは同僚教員という人間である以上、所与となる状況は可変性を持つものである。毎年、若干のアジャストメントが求められるのはもちろん、取り組みを繰り返すうちに発生する「手段の目的化」の状況に直面した際に、「これ、なんでやっているんだっけ」と目的に立ち戻って、抜本的に施策を改善することが求められる場面が生じることもなくはない。若干の修正にせよ、抜本的な改善にせよ、そこで求められるのは、

  • 現状の把握
  • 理想の規定
  • 施策の立案

であり、それは最初の章で述べた「事業企画」のプロセスであり、「授業設計」のプロセスそのものである。

「企画力」とは、まさにこのプロセスを遂行できる力に他ならない。そして私は、現にこの2年間、「旧態依然」というイメージがつきまとう学校教育現場において、遺憾無くこの「企画力」を発揮したわけだが、実のところ私がやっていたことは、他の先生方が行なっていたプロセスと、なんら変わりはないと思っている。ではどうして、私の取り組んだことが「新しい」と捉えられるのか。それは、ここで説明した「企画力」という発想を学校現場の先生方が持てていない、別言すると、普段の仕事で行なっているプロセスが「企画」であるという捉え方ができていないだけだと感じている。

さらに言えば、私は自分の遂行してきた企画を、教員に転職してから2年の間に行ってきた。前職経験がある30代であるとはいえ、2年は現場においては「ど新人」である。その私が企画力を遺憾無く発揮したということは、実は新任の20代前半の教員にも、「企画力」を発揮する、あるいは「企画力」を磨くチャンスはたくさんあるというわけだ。たとえ数的なインパクトが少ないとしても、初任からすぐに最大40名の教室空間を任されることになるこの仕事では、しのごの言わずに毎日のように「企画」をしていくことが求められる。自分の責任においてPDCAを回して「企画」するという状況においては、世の新入社員よりも急激な傾きの成長曲線をたどると言っても過言ではない。

その意味で、学校教員の仕事は、ある側面ではビジネス界よりも「企画」を遂行する機会にあふれていて、だからこそ知らず知らずのうちに「企画力」を磨いているということに、とうの学校教員自身が気づくべきなんだ。そして、学校外の人々も、そのことに対して気づいて、もっと敬意を表していいはずなんだ。これこそが、学校教員という仕事の、市場価値的な競争力を持つ源泉であるはずで、その点において我々教員は、もっと誇っていいはずなんだ。


学校はマーケットと流行の縮図とも言える

麻生要一氏の書籍『新規事業の実践論』というのを、2020年の秋頃に読んだ。知人から貰い受けて読んだ本なのだが、思いのほか「身になるな」と思った部分がいくつもあった。その中でも印象深かったのが、冒頭の方に出てきている「ゲンバとホンバ」という言葉だった。いわく、新規事業の立ち上げにおいては、新規事業がどんどん起こっている、シリコンバレーのような「ホンバ」の体験も必要だが、それと同じく、いやそれ以上に、その事業を通じて解決を図りたい課題を持つ当事者と出会う「ゲンバ」を知ることが大事だ、ということだった。同じようなことを、宮古島でグランピング施設を営む知人と話をしたときに聞いたことがある。いわく、宮古島では毎日のようにビーチクリーンをしていて、環境問題とか、国交問題とか、そういった社会課題の存在を、手触り感を持って認識できる。そしてその「社会課題の手触り感」が、自分の仕事が社会にどのように役立っているかを認識しにくい都心の会社員にとっては大事だ、と。

その意味で言えば、学校は毎日が「ゲンバ」である。

ぜんぜん毛色の違う話をするが、私はアニメを見るくせに漫画を読まない。なのでアニメはだいたい原作漫画よりも話の進行が遅いので、鬼滅の刃についていえば生徒たちの方がストーリー理解がどんどん先を行っている。当の私は無限列車編止まりである。そしてその映画の熱りが一定冷めたくらいに盛り上がってきたのが呪術廻戦であったが、呪術廻戦についてはアニメ1クール目でスタート時点からウォッチしていた作品ではなかった。しかしどうにも「おもしろい」らしく、これは見ないと話についていけないと思って、ようやくクールの切り替わりのあたりからサブスクで見始めた。その行動に自分を向けたのは、紛れもなく生徒たちの会話からだった。

男子にとってフォートナイトはすでに若干下火であり、女子の話題はTikTokよりかはInstagramであり、授業の最初に洋楽をかけようもんなら、生徒からはやれDynamiteだの、やれWhat do you meanだの、やれSee you againだの、といったリクエストを受ける。そのくせたまに、好きな歌手に「浜田省吾」を挙げる生徒がいて、どうしてだと問えば親の影響だと答える。少し話外れるが、勤務校が小中一貫校なので「1/2成人式」なるイベントが小4で行われるのだが、ある年に式の終了後に児童たちが踊っていた曲がTRFのEZ DO DANCEで、そうか親世代はそこがどハマりのタイミングだったか、と腹を抱えて笑った記憶がある。

M-1グランプリが好きな私は2020年大会を楽しみにしていて、全編を感慨深く見守ったが、その翌日に生徒たちに話をした際にほとんど話が通じなかった。R-1グランプリは開催日をすっかり忘れていて途中からしか見られなかったが、見たと言っていた生徒はごく少数だった。この2年で、教室内でドラマの話題が上がったのは「私の家政夫ナギサさん」くらいだった記憶しかなく、俳優がどうのこうのといった話題はあまり聞かれなかった。それはおろか、NiziUは大した盛り上がりを見せず、むしろ韓流アイドルの話題の方がよっぽど大勢を占めていた感覚がある。

これが、ティーンエイジャー前半期の実態だ。勤務校の環境が特殊すぎるともそんなに思えないので、あくまで一側面なのかもしれないが、他にも当てはまりのいい実感値とも言える。

となると、思った以上にテレビは見られていない(いや、逆に「見られていない」言説からすれば、むしろ思ったより見られていると言えるかも知れないが)し、メディアが取り上げるトレンドと違う側面が見えてくる部分もあるし、家庭でのメディア接触の影響を受ける部分がある一方で、スマートデバイスとインターネットがその垣根を取り払っている印象を持つ。なにより、いっときに比較して、アニメが「一部の人種のもの」といった印象が薄らいできている様相も見て取れる。あんだけ「BTSのグクが推し」とか言っていた女子生徒が(ちなみに私はグクが誰だかわからない)、いつの間にか「五条先生がイケメン」と言い始めたのには驚いた。

いくらマーケティングリサーチ業界にいたとはいえ、前職時代では得られなかったトレンドに関する情報が、むしろ今の方が得られているような感覚を持つ。たしかに児童生徒は自分で稼いでいるわけではないので、可処分所得があるわけではない分、完全に世の中の消費行動を表しているとは言い難い。それでも多感な時期である分、さまざまな情報を取得したり、それに応じた物欲を、親などの力を借りて満たしたりしている。そこには、ある程度のマーケットがあると言える。そして彼らは、そう遠くない未来に、可処分所得を自分で得て、消費行動を起こす側に回るわけだ。

そして見過ごせないのが、児童生徒の様相は、大いに家庭の影響を受けているし、保護者対応を通じて学校教員は保護者のトレンドを察知することになる。どのような生活をしているのか、といった情報も場合によっては入ってくるので、思った以上にそのバックグラウンドが多様性を帯びているということを痛感することになる。前職時代であれば、ある程度同質性が担保された同僚と、ある特定の顧客層とのコミュニケーションを取ればよかったわけだが、保護者対応はそうも行かない。私自身は副担任なのでそこまで多くの保護者対応ケースに遭遇したわけではないが、担任のコミュニケーションを垣間見ると、保護者によって、どこに沸点があり、どこにヒットポイントがあるか、本当に千差万別である。

ところで私が勤務する自治体は、お世辞にも「裕福」とはなかなかいいづらい事情を抱える人々が多く、生活保護受給率に関する資料にあたったところ、全国平均スコアの2倍を超える受給率となっていた。「子どもの相対的貧困」が社会課題として認識されるようになって久しいが、その状況はふだんの学校生活からだとなかなか垣間見ることが難しい。しかし、生活保護を受けているかどうかに関わらず、「こりゃしんどいな」と思う事情を抱える話は枚挙にいとまがなく、バックグラウンドの多様性というのが、けっして良い側面だけを呈さないということを肌で感じることが多かった2年間でもあったと思う。

実は学校現場を通して、「社会」と呼ばれるところの様相を感じることができる、ということをここでは書き連ねてきたが、これまたそう言った「見方・考え方」がなかなか浸透していると言えない。はたまた、さまざまな背景を背負った多様で多感な子どもたちが集まる場である学校は、バイラルとまで行かずともトレンドが交差する媒介・コミュニティであると説明することもできるのだが、これまたその「見方・考え方」はメジャーなものではない。しかしその捉え方をすると、思った以上にビジネスヒントに溢れていると捉えることができるはずだし、はたまた昨今言われている「ダイバーシティ・マネジメント」の一丁目一番地と捉えることもできるわけだ。

その意味では、ある側面において、どんなビジネス環境に比べてもヒリヒリするようなエキサイティングさを持つ場所が学校現場であり、事業や企画が起きていく「ゲンバ」として、発信力を持つポテンシャルがあるとも考えられる。その最前線に身を置いている、その点において我々教員は、もっと誇っていいはずなんだ。


終わりに私の提言を述べておきたいと思う

今、学校教育現場は変革の時期にあると思う。

大学時代の後輩が電通に就職したのだが、折しも超過勤務による社員の自殺が問題となったあとの就職で、「どうしてこのタイミングで電通に?」と聞いたらこんな答えが返ってきた。

むしろあの出来事があって、会社自体は変革期に移行すると思う。より良くなることが見通せる環境であるならば、そこに身を置いた方がいいと思ったし、自分自身が変革の取り組みに首を突っ込める可能性がある。

その時は「確かに」と思ったが、これと同じことが今の学校教育現場においても起きていると思う。「 #教師のバトン 」が阿鼻叫喚の様相を呈したあたりから数日経って、ようやくこの記事を書き終えようとしているのだが、いっときの阿鼻叫喚具合からは少し落ち着きを見せたような感じがあるが、しかし引き続き、現場の教員からの悲痛な叫びは続いている。もちろんそればかりではなく、教師の仕事のやりがいや、工夫次第で「ブラック」度合いを薄められるということもつぶやかれている。しかしやっぱり、「情緒的なやりがい」と「働き方のしんどさ」という、位相のズレた部分で議論がなされている気がしてならない。

確かに働き方はしんどいと思う。私自身はまぁまぁよく働く会社にいたので、それと比較したときに「とんでもなくしんどい」とは言わない。まぁ「しんどさ」の相対比較ほど無意味なことはないと思うので、当人が「しんどい」と感じていればそれは課題だと思うわけだが、その意味で多くの人が悲鳴をあげることに対して違和感を呈することはしない。ではその「しんどさ」はどこからきているのかと問われたとき、もちろん、学校教育制度がビジネス界のスタンダードと比較して、さまざまな場面で「おかしい」と言える部分はあるだろうが、その文化的差異を差し引いたとしても、それでも残る業務上の特性である「『社会』に十分通用する4つのポイント」を考えれば、そりゃ業務量がそもそも多いということは納得いただけると思う。

もちろん、社会からの要請によって学校が担う役割が肥大化していったことについては異論の余地はない。だがそれにしたって、この成熟しきった学校組織で行われてきたことは、急激に増えたということではないと思う。そうすると、今も昔もさほど「やること」の本質に変わりはないはずなのだ。一緒に勤めていた同僚をして「昔ほど余裕がなくなったよね」という言葉を聞く。でも一方で、「昔の方が生徒指導が大変だったから、そこから比べれば今の子達は落ち着いているよね」という言葉も勤務校ではよく聞いていた。ではなぜそこまで「しんどい」と思うことが増えたのだろうか。

私が考えるその一つの要因は、その職責に対する学校外からの承認や慮りの不足にあると思っている。繰り返すが、確かに「やること」は増えているし、「それは本当に教員の役割か?」と思うところにまで仕事の領域が増えていき、結果的に「社会のエリート層が担う仕事」にそぐう側面とは異なる仕事まで取り組まなければならない状態にあるとも言えるかもしれない。だからこそ、「しんどいっすよね」という一言をもらえるだけで、かなり報われるはずだ。しかし個人的な実感として、「しんどいっすよね」という、共感というか共通理解というか、それを学校外の人々と図ることが難しいと思っている。そしてその原因は極めて単純だ。相互に共通言語を持たない、別言すれば、「社会」と「学校」とで、その営みを互いに言い換えて理解する術を持たない。

TFJのフェローシッププログラムが持つ意義は、まさしくここにあると思っている。まだまだ認知度が低いとは言え、ソーシャルセクターではそれなりのネームバリューを持つ団体であり、それを背景に、フェローとして集まる人々も、支援を寄せてくださる方々も、教育に対する感度が高く、かつそれなりに周囲に対する情報発信の影響力を持つ人が集まってくる。常勤講師を自治体にマッチングしていくというモデルであるが、単なる教員派遣ではなく、あくまでもそれを手段にしたソーシャルインパクトを起こすことにこそ意義があるわけで、その意味で「社会」の側と教育現場の側を行き来するような越境の感度を高めることも、研修のプログラムのなかに意図されている(と私は信じている。実態は別として)。だから私はこうして発信をしている。

その上で言おう。教員は、誰でもできる仕事ではない。

言い換えると、フェローシッププログラムも万能ではない。誰でもできる仕事ではないから、TFJが赴任前研修で質の担保を図るといったところで、だから巷の誰でも教員にしていいかというと、絶対にそうではない。この記事で、「社会」に十分通用する4つのポイントを説明したが、少なくともいずれか一つには特性として引っ掛かる部分がある人でないと、この仕事は務まるものではないと思っている。その点で、教員という仕事は、オーサライズされた専門性のもとに営まれるべき仕事であり、今後より「社会に開かれた教育課程」や「個別最適な学び」が具現化していく道程においては、現在の学校教育において求められる専門性からより進化・深化したもの、あるいは少し異なる側面をとるもの、いずれにせよ「専門性」が求められて然るべきだ。

だからといって、殻に閉じこもることもまた違うと思う。繰り返すが、これから学校教育の世界に訪れる新たなパラダイムにおいては、現在の「専門性」はアップデートされて然るべきであり、そのためには外界との混ざり合いが必要になってくる。軸足を学校教育におきながらも、さまざまな文脈に対して越境できる資質が必要になってくる。そうなったとき、その越境を担保する方法は3種類ある。1つは、自身が外界に身をおくこと。もう1つは、異なる文脈にいる人間を迎え入れること。最後の1つが、対話を促しうる発信をすることだ。

1つ目の、教員自身が外界に身を置くことについて言えば、私は教員研修に、もっといえば、法定10年研修自体を、1年間のサバティカルとして定めて、その間に教育センターや教職大学院での長期研修を受講するか、あるいは民間企業への出向をするか、といったキャリア開発のための機会を用意すればいいと思っている。ポイントは、教員すべてが外界との接点を持つのではなく、あくまでもそこは専門性の分化、あるいは役割分担にすべきであって、自身の歩みたい教員としてのキャリアのありようによって選択できればいいと思っている。だがその選択肢に、学校外の文脈を思い知ることができるオプションを用意することが肝要だと思っている。そうしないと、あくまでも「枠組み」あるいは「器」である学校教育現場を「活かす」という発想に至れないと思うからだ。

2つ目の、異なる文脈にいる人間を迎え入れることについて、ある種踏み込んでいうならば、たとえば戦略コンサルティング企業や、あるいは多くの大学生が憧れる一流企業といったところが、人材育成の座組みにTFJのフェローシッププログラムのようなことを採用し、期間限定で教員として派遣する取り組みに対して、国が補助金を出せばいいと思っている。間違いなく2年程度の学校への出向経験は、働く一人の人間としての深みを生み出すことに繋がると、私の経験をして自信を持って言い切れる。そしてはっきり言えば、2年の出向を終えたら間違いなく会社に戻ってくる選択を取るような仕掛けは、給与側面だけ考えたら構築可能だと思っている。出向期間中は講師としての給与待遇になるが、戻ってきてから本来の給与との差分をボーナスとして支給すれば良いし、その原資を補助金から支出すれば企業側のリスクは低減できる。その分、人材の流動性は高くなるものの、優秀な人材を学校現場に供給し続けることができ、仮にイチ教員としてのパフォーマンスがプロパー教員に比して期待しきれないとしても、企業側の働き方に関するスタンダードを持ち込み、学校の業務改善に資する可能性だってある。人材不足を補うことが当座の目的ならば、そういった施策でもいいのではないだろうか。

だが、そんな施策を実施しなくても、今の現状の学校教育現場が、多くの優秀な人材にとって「おもしろい」と思える場所であるならば、自ずと人は集まってくるはずだ。しかし、実態はそうなっていない。

考えてみてほしい。これほど課題に溢れた現場である。改善の余地が多くある。それでも、多くの人が「搾取」というほどに、やりがいに溢れている。いっときの時代の潮流にあった「ベンチャー」とは比べ物にならないほど、挑戦しがいのある環境だと思わないだろうか。そこに、私の説明するところを加えれば、成長環境としての魅力は十分競争力を発揮するものだと言えるだろう。このことに、いったいどれだけの人が気付けているのだろうか。

いろいろあって、という経緯もあるが、結果的に私は、教員という仕事を続ける決断をしている。誇るべき仕事であるが故に、眼前の課題に対して、当事者として対応していく道を取ることにした。誰かがどうにかするんじゃなく、自分が動くことで「この旧態依然とした成熟した制度下においても、ここまで面白いことができるんだ」ということを、身を以て提起し、もっといえばそのプロセスを通じて、学校から「社会」を「ギャフン」と言わせたいとすら思っている。

我々教員は、もっと誇っていいはずなんだ

言ってみればこの言葉すら、実は分断を産みかねない表現かも知れない、という自覚もある。それでも、私が2年間で感じた、この仕事の「しんどさ」と「とうとさ」をして、やはり「もっと誇っていい」という感覚は拭えない。きっと今後も私は、そんな発信をしていくことになりそうである。

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