「探究とキャリア」についての長い思索の旅路 – ⑤「マイメンター」 の実践を振り返る:Howに横たわるコンセプト、そして探究の熱

先日、とある基礎自治体の教育委員会から、Teach For Japanの7期フェローの肩書きで、キャリア教育について講演の機会をいただいた。今回機会をいただいたことで、少なくとも私は、たかだか3年間しかなかった現場経験のなかでも、好き勝手やらせてもらったさまざまな「再現不可能」ともいうべき実践たちと、その根底にある考え方を、つなげて整理できた感覚があった。とてももったいない気がするので、その時の資料をもとに、あらためて気が向くままに文字に起こしたら案の定とてつもない文字数になったので、分割しておいた。

※ちなみに2025年11月に①〜③を書き上げ、その後半年ほったらかしてしまい、ようやっとその続きを5月以降に書き出すことができた。

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前の章では、さらにそれより前の2つの章で見てきた「探究」と「キャリア」という概念を踏まえつつ、私がTeach For Japanのフェローとして公立中学校の英語教員として過ごした3年の間に取り組んだ実践たちの、それらの背後にあったコンセプトについて説明してきた。それらを通して私は「コンセプト」を、「目の前の課題を解決して、よりよい価値をもたらすために、大切にしたいこと」と定めた上で、それはつまり「物語」を編むための中核的なテーマとなりうるものだ、ということを国立教育政策研究所の資料を引用したうえでまとめた。キャリアは、個人の探究の物語であり、そしてキャリア教育は、学校における探究的な学びの物語となる。その学びの物語を価値あるものとして見出すEvaluationの視点に立った評価にこそ、物語の仕立てと編み直しの指針となる「コンセプト」が大事になるし、それは各学校の、その時の児童・生徒や取り巻く環境といった文脈によって変わりうることを述べてきた。

そんな前章で扱ったのは、1年目のPepperプログラミング教育、2年目の農業ビジネス体験、そして2-3年目の生徒会顧問教員としての実践だった。しかし、私のたかだか3年しかない経験の中でも、最も心血を注いだとも言える実践については触れることができていなかった。それが、3年目に実施した、社会人と中学生の2on1対話セッション「マイメンター」だ。

「探究とキャリア」についての長い思索の旅路 – ④「コンセプト」をたてる:キャリア教育という「物語」を仕立て学びを編み直す指針として

前の章で触れそびれたことがもう一つあって、それは「教員自身が探究する熱の伝播」という要素だった。一個人においても、キャリアと探究は結びついていて、そして学校教育においてもキャリア教育と探究学習は結びつきが深いということを、これまでの章で述べてきた。では、その学びが起きうる仕掛けをしつらえる上で重要になるのは何かというと、教員自身がコンセプトを立て、学習環境のデザインを探究することなのではないかと思う。もちろん四六時中すべての教育活動・学習活動に対して心血を注ぎつづけるのは大変だし、それをすべての教員に求めるのも大変なことはわかる。だが、どの先生においても、一つや二つ、「ここぞ」と心血を注げるような、学びの場づくりに対する探究プロセスが働いたっていいと思う。

その一つの事例として、私が、自分自身の個人的な体験に端を発する「マイメンター」の実践を、コンセプトに現れるWhyと、その具体的表象としてのHowとを繋げて説明してみたい。と思ったのだが、これまでに字数を気にせず「マイメンター」について書いて整理することをしてこなかったため、気づいたら1.7万字を超える超大作になってしまった。ただ、この記事を分割するのは思考が断たれてしまうため、そのまますべて掲載することにした。

ちなみに、「マイメンター」については、Webメディア「先生の学校」に記事を寄稿し、その実践の一部分について掲出をしてもらっている。また「先生の学校」では、オンラインでのセミナーを実施し、私からその背景思想と実際の組み立て方を話しただけでなく、社会人メンターとして参画した方と、そのメンターが担当をした生徒、そして当時の担任教員に、その時に実際に何が起きていたのかを語ってもらった。以下のリンクはWeb記事だ。

社会人と中学生の2on1通年キャリア対話とは?「えらんだミチ」を、豊かに支える「マイメンター」の軌跡

社会人と中学生の2on1通年キャリア対話とは?「えらんだミチ」を、豊かに支える「マイメンター」の軌跡


「マイメンター」の概要と位置付け

改めて、「マイメンター」とはどんな取り組みだったかを説明すると、対象となる2クラス・合計45人の生徒の一人ひとりに、全国から集めた(実際はマレーシアからの参加もあった)社会人メンターを2名つけ、2ヶ月に1回の頻度で45分程度の対話セッションをオンラインで実施する、というものだ。この対話セッション自体は学習活動の目的ではなく、それまで勤務校で行われてきた中学3年生の進路学習を深める手段の一つとして取り入れたものだが、しかしながら通年での進路学習の中核となる取り組みだった。

生徒は2クラスに分かれて20名程度ずつ在籍している。そのため、生徒一人ひとりにメンターを2名ずつつけると言っているが、その実、5時間目に1組の生徒1人、6時間目に2組の生徒1人、と、1セッション中の対話は社会人2対中学生1の比率になるが、2名の社会人ペアが担当する生徒は実質2名になる。この計算で行くと、生徒数とほぼ同数の社会人が集まればよい計算になる。その社会人を、私が知っている人で半数、もう半数は知人にSNSでのシェアを依頼し、それを目にした人から集めた。あの実践から5年経つが、いまだに対面で会ったことがない人が半数近くいるのが驚きだ。

6月に対話セッションを開始し、そこから2ヶ月に1度、計5回の対話セッションを実施した。そのテーマは以下のようなものだった。

  •  6月:自己紹介と自分の関心
  •  8月:進路希望の言語化と夏休みの行動計画
  • 10月:「わたしのキャリアデザイン」の仕上げ
  • 12月:最終的な希望進路の確定
  •  2月:最終回・マイプロジェクトを考える

この流れは、勤務校における中3の総合的な学習の時間の例年の学習活動を踏襲し、そこに合わせた構成にしている。

「マイメンター」を行なう前の年までの構成はこんな感じだ。1学期は進路学習として高校調べを行い、夏休みにオープンスクール等に出向いて進路希望を見たえていく。2学期になると、文化発表会での掲出、および年末の保護者会でのプレゼンテーションを見据えながら、自分の直近の希望進路と、その先の未来予想を整理した「わたしのキャリアデザイン」を制作する活動を行う。そして受験に臨み、あらかたその結果が出揃ったあたりの3学期の最後には、学校や地域への恩返しを行う「サンクスプロジェクト」を行う。

私が実践を行った年は、基本的にこれらを踏襲して一部マイナーアップデートを行いつつ、年70時間の総合的な学習の時数のうち、対話本体で1時間・事後の振り返りで1時間、合計すると10時間分をなんとか捻出して対話セッションのための時間を確保した。「対話セッションに向けた事前準備はどうなんだ」と思うだろうが、それらは、やれ高校調べだ、やれ自分自身の3年間の振り返りだ、やれ「わたしのキャリアデザイン」のスライドだ、といった、これまでを踏襲した学習活動のなかで対話に向けた準備ができる構成にした。ある意味で、そのタイミングタイミングにおける制作物と、その制作物に至る思考を、社会人メンターが対話でほぐしていく、そんな仕掛けだった。

どんなマイナーアップデートを図ったか。そこには、この記事シリーズの『「キャリア」をめぐる見方・考え方』にも書かれていた、

「未来からの逆算」だけで計画を引くのではなく、「過去からの積算」で物語を捉えることも同時に必要なのだと思う

という考えが大いに含まれている。それまでの勤務校における「わたしのキャリアデザイン」では、将来これになりたいから、そのためには高等教育機関でこんな学びが必要で、なのでこの高校に行きたいから、中3の今はこんなことをする、という、なりたい職業から逆算して今なすべきことに繋げるという資料を制作していた。ここには、それまでの義務教育9年間の学びや15年間の生活の蓄積、そこからくる「いま・ここ・わたし」の関心は反映されきれていないと感じた。だから「過去からの積算」の要素を加えた。

具体的に言えば、「わたしのキャリアデザイン」の資料を、上の図のように「わたしのいままで→このあと→それから」という構成にした。つまり、直近の進路選択を、将来のありたい姿から逆算して考えることも、過去からつながる現在の関心から導くこともできるようにした。この考え方の背景には、それこそNPO青春基地が大事にしている「”わたし”からはじめる」とか、山田ズーニーさんの『考えるシート』にあるキャリアモデルの図とか、スガシカオさんのProgressの歌詞とか、そんなものが流れていたと思っている。


学習活動の3段階:マイライフ・マイチョイス・マイプロジェクト

で、この「わたしのキャリアデザイン」を1年間の中核的な活動に据えながら、学習活動全体を「マイライフ」「マイチョイス」「マイプロジェクト」の3段階に分けた。

「マイライフ」は、これまでの自分を振り返り、自分の強みや関心を発見するような活動を入れた。6月の初回対話セッションにおける社会人に対して自己紹介するスライドを作ることで、それがそのまま自分自身を見つめる活動になった。また、1学期の自分を、生活態度・教科学習・特別活動などについて振り返る「育成記録シート」(当時の学年目標が「夢を咲かす」というワードだったので)を書いてもらったが、これは対話セッションに用いるだけでなく、通知表や内申書の記載事項の参考資料になりうるものとして考えてもらった。

「マイチョイス」で、いよいよ希望進路について調べる活動に入り、進路希望先の高校の特色や、何が気になっていて何が不安で、なぜそこを選びたいと思うのかについて書き出す活動を行った。先の「育成記録シート」と進路希望資料を携えて、夏休みの出稿日を活用して2回目の対話セッションを行う、という仕掛けをとった。そののち、2学期に入ってから「わたしのキャリアデザイン」を制作。10月の対話セッションでは壁打ちのようなことを行い、11月の文化発表会での掲出にむけたブラッシュアップを図り、12月の対話セッションでは、その翌週に控えていた保護者会でのプレゼンに向けた原稿調整を対話中に行うことで、本人の希望進路の最終確定をした。

「マイプロジェクト」は、前年まで行われていた「サンクスプロジェクト」を見越して、学校や地域に還元をする活動を考えてもらうことを起点にした。しかし時は2021年、高等学校での指導要領改定の施行が間近になる中、すでに「総合的な探究の時間」が先行導入され、明らかに今後の高校の学びが「探究」を中心に構成されることを予測していた私は(そしてそんなことを考えている同僚は少なかった)、その橋渡しとなるように「マイプロジェクト」という名前を(某NPOが主導する活動から拝借して)置くことで、自分自身と学校や地域をつなげて何かのアクションをとる、ということを見越した。

さらに加えると、勤務校で私が3年間見てきた生徒たち(同じ学年の生徒たちを1→2→3と見てきた)は、小中一貫校として開校した年の小1、つまり小中一貫教育の第1期生だった。地域と共にある学校を標榜する9年間の一貫教育のなかで、様々なことを経験してきた生徒たちだからこそ、自分が9年間を過ごした学校生活のなかでどんな経験をし、だからこそ学校に対してどんな願いを持ち、あるいは自分が過ごした地域をどう見立てて、今後の自分と地域の関係性(住み続けるのか出ていくのか)のなかで地域に何を願い、自分が何ができるかを考える、という資料作りをしてもらった。ここには、前の章で記載した農業ビジネス体験学習の背景にある考え方が、引き続き色濃く残っている。

そんなことを準備して、対話セッションの最終回を迎えたのだが、実際のところ、2ヶ月に1回・45分ずつとはいえ、通年で5回も対話を重ねたセッションの最終回は、中学校卒業=義務教育を終えてそれぞれの進路に進む、という直前期でもあったことから、新しい生活への不安と希望の話、これまでの学校生活の振り返りの話、対話セッションで生じた変化の話など、いろんな「エモい」やりとりがなされたようだった。ちなみに「マイプロジェクト」自体は、やれ卒業文集の制作やら、やれ校内奉仕活動の実施やら、やれ小中一貫校の小学部との交流やら、いろいろと結実させることができた。


「マイメンター」との関わりの仕掛け

と、ここまでで、「マイライフ」「マイチョイス」「マイプロジェクト」の3段階を、その時期の学校行事や進路指導まわりの状況に合わせながら配置して、その上で2ヶ月に1回の対話セッションのテーマと事前準備物を設定したことを説明したが、それを整理すると以下の図になる。

繰り返すが、これらの学習活動のデザインは、ゼロから生み出したものではなく、むしろ前年までの実践を自分なりに解釈し直し、ほとんどを踏襲しつつマイナーアップデートを重ねたものであり、そこに「マイメンター」という10時間分の学習活動をねじ込んだだけなのだ。「こういうことを実装するのが難しいんだよ」という声が聞こえてきそうだが、ここまでに書いているHowは、その実自分としては、奇をてらったものではない、と思っている。ただ若干、「探究」の時流やら、ICT利活用やら、外部リソース活用やら、そんなあたりの発想が、時期尚早だったかもしれない、という気はしている。

ところで、「マイメンター」の実施においては、単に年間の学習活動と対話セッションを絡めた設計にしたということ以外にも、社会人との対話セッションならではの仕掛けを盛り込んだ。それが、メッセージシートと最終レポートだ。ちなみに、そもそも全国各地の社会人たちと生徒たちがオンラインで対話するということも、これまでに書いてきた生徒たちの制作物をスライドやスプレッドシートで制作できたことも、そして後述するメッセージシートや最終レポートのやり取りができたことも、全てGIGAスクール構想による一人一台端末のおかげだ。この流れがなかったら、こんな実践できたはずもない。

メッセージシートは、共有スプレッドシートに、社会人メンターも中学生もそれぞれ、毎回の記録を記載していくものだ。中学生には、何を話したか・何に気づいたか・メンターへのメッセージ、を書いてもらい、メンターには、感じたことや発見したこと・次回までに考えてみてほしいこと、を記載してもらった。話した内容を記録しておくことで、連続性を持った話ができるようになる(2ヶ月はまぁまぁ絶妙に何を話したか忘れる)し、気づきや発見の抽出ができる。さらに言えば、社会人側は、中学生にくらべて明らかに文量多くメッセージを残すことは想像に難くないし、実際にそうだった。それが、いままでにない視点のフィードバックになる。

書きそびれていたが、社会人メンターの構成は、だいたい半数は事業会社人事、そうでなくとも、管理職層や人材業界の人など、「人の育成」に何らかの関わりを持っている人たちだった。国家資格キャリアコンサルタントの資格保有者も3割程度いた。もちろん大半の人が教育関係のバックグラウンドを持っていないので、中学生とキャリアの話をするのはそうとう困惑していた。しかしそれにしたって、成長支援の文脈で人の話を聞くのは大得意だ。当然、フィードバックも手厚いものになる。

メンターたちにはもう一つ、「最終レポート」というものを、12月のセッション終了後、2月の最終回までに用意をしてもらった。担当した生徒の

  • 興味・関心・好きなこと
  • 強み・特性・得意なこと
  • 選んだ進路
  • 応援メッセージ

を、A4で1〜2枚程度にしたためてもらった。さすがに1年近くにわたって話を聞いてきた生徒となると、社会人メンターたちも情が湧き、かなり熱いメッセージをよこしてくれたし、そこに書かれた内容は、すべて対話の中で生じたものを起点にしているが、しかし、第三者の大人たちからの承認に溢れていた。もちろん本人にも渡したが、たしか卒業式の保護者向けの配り物に1枚ずつ封入したと記憶している。


「マイメンター」がもたらした効果

対話の時間を過ごすこともさることながら、その前段階で制作物を通じて自分の考えを持ち、対話で整理や深掘りを受けながら、メッセージシートでフィードバックを受け、また次の制作物で考えを持ち・・・というサイクルを経たのちに、最終レポートで総括的なフィードバックを受ける。これによって、生徒たちの「これまで・いまここ・これから」がより際立っていたのは、想像に難くないだろう。

これは、将来なりたい職業はあるが、その内実まではイメージしきれていないという生徒にとっての、「解像度が上がる」という効果として現れたケースもあれば、現在の「好き」はあるが、それが将来にどのように結節するのかのイメージがわかない生徒にとっての、関心領域と具体的職業の関連性の発見という効果として現れたケースもあった。はたまた、高校ではこれを頑張りたいという明確なイメージがある生徒にとっての、それはなぜそう思えるのかという経験ベースの裏付けの確信という効果として現れたケースもあった。

つまり、「選択の自己決定」という自分自身で行っていく営みを、「あなたを支える存在」としてのメンターが後押しした、ということでもある。という、「エモい」説明も可能なのだが、そんな「エモさ」だけでは学校教育の施策を取り組む道理は立ちにくい。私自身は、管理職含め、もっと「狡い」ことを考えていた。それが、面接型入試への対策である。一連の学習活動を通じて、そもそも大人と話すことが面接対策になり、「進路を自己決定した感覚」は勉強を頑張る動機づけになり、そして制作物・対話・メッセージシート・最終レポートの中身は、全て志望理由や自己PRのネタにつながる。

それだけではない。中学校の教員の大きな使命の一つは、生徒一人ひとりの希望進路の実現であり、何らかの進路実現を果たして次のフェーズに送り出すことが大きな責務だと思う(その意味で、高校入試を見越した進路指導・生活指導・学力向上は、批判があるとしても絶対に外せない役割に違いない)。そのために教員は、推薦書を書き、調査書の所見を書き、なにより一人ひとりに進路指導を行なっていく必要がある。どうしても「日常の関係」や「指導=縦の関係」になりやすい教員には見えにくいことが、利害関係のない第三者から引き出されることもある。メンターからもたらされる情報は、教員の生徒理解を深め、そして推薦書や調査書の所見の記載において大いに役に立った。

そもそもの話として、「未来からの逆算」と「過去からの積算」というワードが数回出てきているが、自分のキャリアを未来から逆算して見通しを立てることは、それはすなわち進路選択においては「志望理由」に相当する。一方で、自分自身を過去から振り返ることで自分自身の関心や強みを認識することは、選択した環境において自分がどんな振る舞いができるかという「自己PR」に相当する。つまり「これから」と「これまで」を「いまここ」に結節させるようなプロセスは、「選択の自己決定」をする上での本質性の話にとどまらず、主に面接場面における志望理由と自己PRを言えるようにする、という実利的効果も期待できる。

その結果、もちろん学力試験で涙を飲んだ生徒もいたが、当時の中3生はみな、自分の進路の結果に対して、少なくとも納得をすることができて卒業をしていった。いいかえれば大半は、希望進路を実現することができた、とも言える。それはもちろん、それまでの教育の集大成だから、「マイメンター」だけの効果とは言えない。しかし確実に、作用はあったと思える。5回目の対話セッションの後、メンターへのお礼の手紙も兼ねて、学びの総まとめとなるA4で1枚のワークシートを書いてもらった。感想シートは得てして、担任教員が口を酸っぱくして「書きなさい」と言い、本人たちも半ば無理くり全部埋めるというのが多くのパターンだろう。しかし、あの時だけは違った。何も言わずとも生徒たちの手が止まらずに枠が全て埋まった。その光景は今でも目に焼きついている。

そのワークシートのなかに入れた問いの一つが、

5回の対話を行なった結果として、
あなたの「えらんだミチ」を書き出してください

だった。これが全て埋まったこと、つまり、誰一人として自分の選んだ進路の理由を「なんとなく」と言わなかったことが、何よりもこの実践の効果だと、胸を張って言える。


社会人にももたらされた効果と、参画の仕掛け

先ほど記載した最後のワークシートは、紙幅の4割ほどを、メンターへのメッセージ・フィードバックに宛てた。それがほとんどの生徒において全て埋まっていた。もちろんグラデーションはあれど、ほとんど全ての社会人にとって、これほどまでに「エモい」メッセージは普段手にできないだろう。多くの参加した社会人メンターが、学校教育や若年層のキャリア観に対して関心を持ちつつ、その接点が持てないからこそ、今回の機会で参画をしてくれた。しかし、自分の発言や質問が、生徒たちの進路に影響を与えやしないかという大きな緊張のなかで参加していたというのが本音だったようだ。それがきっと、報われた瞬間だったにちがいない。

ところで、すでにとんでもない字数になっているのはわかっているが、社会人メンター側のことについてもそのHowを触れないわけにはいかない。「どうやって集めたのか」というのが知りたいところだろう。それはだいぶ冒頭に前述した通り、SNSを活用し、私のFacebookフレンドから直接、あるいはFacebookフレンドの中で人事・人材業界に関係のある方にシェアをしてもらって人をかき集めた。正直自分でも40名を超える方に集まってもらったのはいまだに奇跡だと思うが、それが叶ったのは、私自身がファーストキャリアで勤務した会社で人事をしていた際、人事コミュニティに出入りしていて、そこで人脈を形成していたからだ。

新型コロナウイルスの状況下における働き方の変化とオンラインコミュニケーションの「当たり前化」も、状況を後押しした。2021年はコロナ禍2年目、まだソーシャルディスタンスを取る暮らしの只中で、多くの人事・人材業界関係者はリモートワークをしていた時代。そのなかで、2ヶ月に1回、午後半休を取るか、フレックス勤務の場合は時間抜けをして他の時間で勤務調整をし、13時ごろから16時ごろまでを確保することは容易だろうという見立てが働いていたし、それは実際正しかった。結果的には、業務都合で入れないというケースも少しずつ存在していたが、ほとんどの社会人ペアにおいて、その両方が不在となるケースはなく、途中離脱も開始時点の参加者の5%程度だったから驚きだ。

なんでそんなにも高い参加率を維持することができたかと言えば、そもそも中学生と、短髪ではなく通年で対話するということ自体、生半可な気持ちでは取り組めない、というプロジェクトの立て付け自体がその要因だ。だが一方、そもそも取り組みそのものの参加のハードル自体が高い。そう考えると、やはり「コロナ禍」という状況的文脈、それによる「キャリア教育」への関心が高かったからだ、と言えるだろう。また中には、「こんなイノベーティブなプロジェクトがどうやって発生して進んでいくのか、その渦中に入ってみたい」なんて理由の方もいて、とても興味深く感じたことも覚えている。

ソーシャルメディアの投稿を目にした「気になった」人々は、その後、5,800字にも及ぶ超絶長い告知ブログを読まされる。エントリーのボタンはその下部に進まないと押せない。それを読み切っている時点で、相当エンゲージメントの高い人しか応募しないから、それは離脱が防げるし、少なくともプロジェクトの背景についてはしっかり理解した上で応募してくれていた。エントリーをしたかと思ったら、A4で4枚にわたるエントリーシートを書かされ、そこで応募理由や仕事内容、中学生以降のキャリアの変遷や現在の関心(しかも仕事以外の趣味やメディア接触)、10代の頃の関心事などを根掘り葉掘り聞かれる。

[説明会終了] 総合学習「えらんだミチをかたる」 キャリアメンター募集

 

エントリーした社会人は、ペア体制を組まされ、そして生徒たちとマッチングされる。そのそれぞれのマッチングは、全て私が人力で行った。社会人ペアは、エントリー内容を参考に経歴や志向性が近い同士を組み合わせたり、知人同士など以前の関係性を考慮することで、ペアでコミュニケーションをとりながら対話セッションを行なってもらいやすくした。また生徒とのマッチングにおいては、生徒の関心事とメンターたちの関心事をできるだけ近づけることで、スムーズなラポール形成を可能にしようとした。それは全ての生徒を、副担任ながらも英語の教科担任として3年間みてきたからこそできたことでもある。


越境の学びがもたらした、学校教育への新たな可能性

これは今回の一連の「キャリアと探究の思索の旅路」の主題からはズレる話だが、今回の「マイメンター」は、社会人にとっての、特に人事・人材・キャリアに携わる人にとっての、越境体験による学びほぐしの意図があった。生徒たちとの関わりの中に見出す「難しい」と感じる体験にこそ、普段の仕事における「見方・考え方」をほぐすチャンスがある。ちなみに2on1という形態にしたのは

生徒側は1人がいい:他のクラスメイトには自分のことを話せないことだってある
社会人は2人がいい:対話の密室性を防ぎ、先導性のリスク回避を図る

という理由からで、特に社会人2名体制というのは、プロジェクトのアイディアを思いついた時点で知人に壁打ちしてもらった結果もらったアドバイスから設定した。しかし2名体制はその副次的効果として、自分のペア相手からの学びを得る効果もあった。

とはいえそれでも社会人たちは学校教育のことを十分に知っているわけでもないし、まして生徒たちのことも四六時中見ているわけでもない。他のペアの動きも知ることはできない。だからこそ私はプロジェクトにおいて、社会人たちの主体的な参画をより促すために、たとえば毎回の対話セッション当日の前に、その回のテーマと関わりのある学校サイドの現状をお伝えする「事前インプットセッション」というものを実施したり、私以外の学年教員との交流会や、メンターどうしのオンライン交流会を実施した。今でも思うが、10月の第3回セッションを前に、21ペア全てと個々の生徒に関する情報共有をオンラインで行ったのは、流石に狂気だったと振り返る。

加えて、社会人同士のやり取りはSlackを用いて行ったが、そこでは全ペアの情報交換を行うためのチャネルの他に、

  • 全体連絡
  • 自己紹介
  • 回ごとの連絡
  • 感想戦
  • Project Labo

というのを設定した。自己紹介ではとうぜん社会人どうしの交流が生まれたが、「感想戦」チャネルでは対話セッション終了後すぐにスレッドを立ち上げることで生の感想のやり取りが生じていた。またProject Laboでは、生徒たちの学習活動の設計で私が困ったことについて壁打ちをしてくださる方を募集したりした。「わたしのキャリアデザイン」のスライドの内容は、そこでの壁打ちの成果だったりする。

学校という、社会人にとっての未知の環境において、社会人同士の協働を促し、学びほぐしの機会をつくる仕掛けは、参画した社会人たちにとって大きな学びになったことは間違いない。しかしそれは社会人たちにとどまらず、むしろ私の同僚教員においても大きな効果があった。説明が長くなるので後に譲るが、なんとか「マイメンター」の実施が学年内および校内の承認を得たとはいえ、民間企業に勤める会社員を中心とする未知の人々が、自分の時間を割いて参加することに対して、同僚教員はさぞ複雑な心境だったことだろう。現に、初回の対話セッションの前には、道徳の時間を使って「正しい敬語と、失礼のない大人への態度」を学ぶ時間が設定されたくらいだ。

しかし、いきなり初回から全てのメンターがフレンドリーに接する様子、それによって徐々にほぐれていく生徒たちの顔、メッセージシートのやり取りや最終レポートの記載内容、対話を踏まえた「わたしのキャリアデザイン」の充実度合い、そしていつしか勝手に別室に移動して対話セッションを各々始めていく姿、なにより、最後の感想シートへの集中力。こうした生徒たちの姿を通して、外部の人材と学びをつくることに対して、同僚たちも学びほぐしがされていったように思う。「教員との交流会」を行ったことも、同僚たちにとっての刺激になったようだ。私が退職する時、一番お世話になった学年主任がこの対話セッションについて、

私も「社会とつながる人」になりたいと思わせてくれました

と言ってもらったことが、今でも心に残っている。


「マイメンター」の最大の目的:「なんとなく」と言わない

「マイメンター」は、その主眼には「生徒の希望進路実現を支える」という揺るぎない第一義の目的が存在していた。だがその副次的な側面として「社会人や教員にとっての学びほぐし」という側面があったこともここまで記載した通りだ。そして、いやそれ以上に、生徒にとっての主眼ではないが、しかし私がこのプロジェクトを推し進めた大きな理由は、「キャリア教育の新しいモデル」への可能性を見出したからだ。だいぶ遠回りをしたが、いよいよここから「コンセプト」につながる話をしていく。ここまで説明をしてきたありとあらゆるHowが、どんなコンセプトと結節しているかを説明していきたい。

ところでここで、「コンセプト」の私なりの定義をもう一度持ち出したい。それは

目の前の課題を解決して、
よりよい価値をもたらすために、
大切にしたいこと

であり、言い換えれば

誰の、 どんな課題を、
何をすることで、
どこまで持っていくのか

であると、前の章で書き出した。さらにいえば、「現状・理想・施策」モデルにおいて、現状を理想の状態にもっていく、その仲立ちをする施策の中核にコンセプトが位置付けられる、ということも説明した。これに当てはめれば、「マイメンター」という取り組みにおける主眼となる生徒たちにおいて、「理想状態」というのは紛れもなく「希望進路の実現」に他ならない。

では「現状」は、といえば、勤務校の当該学年の特有の話をここで出すことは控えるが、しかし一般論として言えば、こんなことが言えそうだ。すなわち、日々学校の勉強は大変で、思春期という時期はさまざまな揺らぎがあって、受験に向けた勉強が大事なのは頭でわかっていても行動にはうつしづらくて、「将来に向けて」なんて言われることがプレッシャーになって、でも将来なんてイメージしきれなくて、でもそれをやれ面接で話せ・志望理由書に書けなんて言われても分かるわけなくて・・・ それで結局、「なんとなく」くらいにしか思っていないものを、それっぽく理由にして進路を決定する、ということも多いだろう。

古い時代においては、相対評価において序列化された学力という物差しだけをもとにして進学先が振り分けられていく、ということもあっただろう。それはある意味で、自分で決定しない楽さがあったに違いない。しかし、高校全入時代においては選択肢が多様化し、なんでも選べるようになったが故に、かえって「なんでこっちを選ぶのか」に理由が求められるようになった。「選択の自己決定」は、自由という印象を抱かせる一方で、不確実性の高い時代においては特に、不確かさが多い15歳という年齢の生徒たちに「自分で決める」ということを強いるのは、いささか荷が重いのではないか、とも思う。

だからこそ、「マイメンター」を中心に据えた2021年度の総合的な学習の時間の年間の目標に

3年生の誰一人として、
自分が選んだ進路の理由を
「なんとなく」と言わない

ということを定めた。もちろん、第一志望に進む生徒もいれば、辛くも第一志望に不合格となり涙を飲む生徒もいるだろう。それでも、自分の進路について納得感を抱いていてほしい。進路として選んだフィールドが、将来の自分に役立つと思う生徒もいれば、今の自分の関心を広げる・深めることができると思う生徒もいるし、はたまた「居心地がいい」と思う生徒もいるだろう。ただ、「ここしか選ばざるを得なかった」という消極的な理由や、他者が選んだものとしてもたらされた感覚には至ってほしくない。だからこそ「選択の自己決定」を、自分自身で信じられるものとしてほしい。そんな願いが「『なんとなく』と言わない」には込められている。


「マイメンター」のタイトル:えらんだミチをかたる

その「選択の自己決定」は、未来からの逆算だけでなく、過去からの積算も許容できるものであってほしいと思っていた。ロールモデル提示型のキャリア教育の方が、1対マスという教室構造においては効率的・効果的だし、見通しを立てやすいことはわかっている。しかし全員が、未来逆算型・目標設定型で物事に取り組めるかというとそうではない。自己決定を図ろうとしている「いまここの」の自分は、過去の経験によって積み重ねられてきているし、「いまここ」の関心を広げていくこともまた、探究的な学びの豊かな在り様だと思っていた。

だからこそ、「マイメンター」を中心に据えた2021年度の総合的な学習の時間のタイトルを

えらんだミチをかたる

と名付けた。ミチは「道」と「未知」が掛かっている。これまで選んできた過去の「道」を振り返ること、これから歩んでいく「道」を選んでいくこと、そしてこれからの「未知」の広がりにワクワクすること。それらを、「かたる」という行為によって、受け止めてもらえる存在の支えを受けながら行い、自分のものにしていく。「これまで・いまここ・これから」を結節させるような発想は、たとえばNPO青春基地の「”わたし”からはじめる」や「想定外の未来をつくる」といったワードの影響を受けているし、山田ズーニーさんの『考えるシート』にある図解にも影響を受けている。

「えらんだミチをかたる」というタイトルに付随して、以下の様なコンセプト文を置いた。

たった一つの正解なんてないこの世の中を生きる中で、
それでも前に進むために自分の納得した解を信じたい。
過去の自分が歩んだ道が、未知の未来へと続いていく。
自分のミチを信じるために、自分に言い聞かせてみる。

このコンセプト文を踏まえて、改めて実践の詳細を見ていくと、実践の中にコンセプトに通じる部分が随所に散りばめられていたことがわかるだろう。学習の3つのフェーズを、自己理解・進路選択・プロジェクト実施という段階にしたこと。「わたしのキャリアデザイン」シートを、過去と未来の結節点としての眼前の進路選択という構成にしたこと。メンターとの対話から、フィードバックによって自己理解を深めつつ、自らの言語化によって納得を促したこと。今思い返しても自分で惚れ惚れするが、とても合致度の高いタイトルを置くことができたと思う。いやむしろ、これこそが現状と理想を仲立ちする「コンセプト」だ。

自分の未来に希望が持てること、自分の過去に自信が持てること。「えらんだミチをかたる」ことでもたらされる希望と自信が、進路の理由を「なんとなく」と言わないことにつながる。そのために、「自分で考える」「自分で決める」「自分でうごく」というフェーズを辿ることが大事だ、と考えた。ただ、その「自己理解」や「自己決定」は、一人ではどうしても行いにくい。だからこそ「あなたを支える存在」が必要だと考えた。「マイライフ」「マイチョイス」「マイプロジェクト」という学習活動の3フェーズと、それを串刺しする「マイメンター」という構造は、この考え方から構成されている。


「キャリア教育の新たなモデル」を探究する営み

冒頭で紹介した「先生の学校」への寄稿記事において、私はこんなことを書いている。

生徒たちは各々のペースで、自分なりに今後の進路についてイメージを膨らませていたのだと思います。ただ、それを言語化したり具体の行動に落とし込んだりするための、語彙や手段を持っていなかっただけなのではないか。とすると、社会人メンターという、新たな視点を持つ「他者」によってもたらされる問いかけや承認といった関わりは、そうした語彙や手段の獲得を加速させる仕掛けだったとも言えるでしょう。

「マイメンター」に参画した社会人たちは、ロールモデルというよりも、対話を通じて生徒のキャリアを支える存在だったといえる。肩書を外した、利害関係のない立場の人々が、「もっているものを差し出す」のではなく、「問いを渡し、話を聞き、承認する」ということをしてくれる。ここがいままでのキャリア教育の取り組みには見られにくかった点だと思っている。さらにいえば、ロールモデル提示型の実践にはどこか、未来逆算型だけが許容される前提と、「生徒たちにはキャリア観がない」という見立てがあるように思えていた。ある種、ロールモデル提示型のキャリア教育へのアンチテーゼとして実践を行なってみたが、その実「ロールモデル提示型は一定必要だ」というのが終わってみての感覚だった。それでも、本人の中で湧き上がる「キャリアを考える」ということを、他者が支えていくということもまた、同時に必要なのだと気付かされた。

それでもなお、この1年間の実践は、生徒たちにとっての「希望進路を『なんとなく』と言わない」という目標もさることながら、新しいキャリア教育のモデルを提示しうる、という熱に浮かされていた部分は多分にあったと思う。「キャリアとは、物語の辻褄合わせ」と、このシリーズの中で書いているが、おそらく遅かれ早かれ、生徒たちは自分自身で「キャリアの選択」をちょっとずつでも図っていくはずである。言い換えれば、生徒たちはキャリアを自分で考える力を持っているわけで、だから今も昔も結局、15歳という年齢で義務教育を終え、次のステップに進んでいくことには変わりない。ただ、この不確実な時代においてこそ、それを支える関係性を豊かにしていくこと、学校教育が関係性を開いていくことが大事なのだと気づいた。

もちろん、その方法としての「マイメンター」は再現性に乏しい。40人を超える大人たちを集めてきたことは、やはり狂気じみているといまだに振り返る。全ての教員ができるとも思っていないし、すべきとも思っていない。学校現場の実態に合わせるならば、たとえばそれはPTAだっていいわけだし、卒業生だっていいかもしれない。勤務校は小中一貫校だったから、小学部の教員たちという可能性もあっただろう。できるだけ単発よりも経過を見る複数回の関わりの方がいいのは確かだが、それが難しいとしても「授けるのではなく、問いかけ・整理し・フィードバックする」というスタンスをもった関わりを持つだけでもだいぶ違うと思う。

少し話は変わるが、5回の対話セッションのうち、初回はほとんど話せずに終わっている。ネット回線が、各学校からインターネット網に出ていく仕様ではなく、各学校の回線が教育委員会のサーバーに集約されてそこからインターネット網に出ていく仕様だったことから、市内の他校で利用されると強制的に接続できなくなる、という事態があった。冷や汗をかいたこの経験から、次回の接続安定と、そもそものICT環境の整備の双方に動いたという出来事があったのだが、こうしたハプニングや「やってみたけどうまくいかない」は随所に存在していた。それは、メンターたちも、教員たちも、なにより生徒たちも、「なんだかよくわからない不安」の状況からのスタートだったと思う。全員が極めて「探究」的だった気がする。

そう、誰よりも私が、この「えらんだミチをかたる」という実践、その中核にあった「マイメンター」を、探究していったし、その熱が伝播していったのだと思う。そこには、私が見たい世界としての

  • 生徒たちと学校外の社会人たちの双方に学びが生まれる様子
  • 対話を通してキャリアについて考えが深まる瞬間
  • 生徒たち全員が進路希望を語り、未来に希望を抱く姿

に向けて、コンセプトを立て、実践を組み立て、ロジを実装し、学びを評価する。この一連の流れが「探究」であり「プロジェクト」であり、それが私の「プロジェクトという生き方」と合致しているし、その背景にある「探究とキャリアへの思索」と深く繋がっていることがお分かりいただけただろう。


おわりに、そして最終章へのプロローグ

ここまで、「マイメンター」という実践を基軸に、その「社会人と中学生の2on1キャリア対話」という営みが、学習活動全体の中核ではありつつも、きちんとそれまでの実践を踏襲したものであり、しかしそれぞれの仕掛けにはきちんと意図が存在していて、それらを結節するコンセプトとしての「えらんだミチをかたる」というタイトルや「誰一人として希望進路の理由を『なんとなく』と言わない」という目標が実践のHowたちと結びついていたことを説明した。なにより、この実践を進めること自体が、生徒たちの希望進路の実現という第一義の目的だけでなく、新たなキャリア教育モデルの提示という副次的な目的も含め、遠藤個人の探究となっていて、学びに関わる全ての人にとっても探究的な営みになっていたことを書いてきた。

こうして改めて書き出してみると、あの実践からすでに5年が経過しているものの、2025年現在で改めて整理した「キャリアと探究の思索」として私の中に息づいていたものは、当時はいまほど整理されていなかったものの、確実に「マイメンター」という実践に繋がっていたことがわかる。生徒たちや学校とその周辺環境とに身を置いたからこそ見えてきた「現状」から、「理想」へと結びつけていく実践の中に、「コンセプト」として確実に自分の考えていたことは息づいていた。なにより、再現性の観点などはなから無視してでも「どうしてもやりたかった」という熱意だけで動いていた。「集大成」だったのかもしれない。

もちろん、ユニバーサルに提供される公教育には再現性が求められるし、「いい」からといってすべてをアドオンで取り組んでいくことがほんとうに「いい」のか、という議論があることもわかっている。それでもなお、「教員自身が探究する熱の伝播」という要素にこそ、これからの教育がより良くなるきっかけがあるのではないかと思う。自分でも恐ろしいのだが1.7万字を超えた超大作となったこの記事において、しかし「なぜ『マイメンター』をやろうと思ったのか」というきっかけの話がまだできていない。そこで今度こそ、次の章を最終章にして、「教員自身が探究する熱の伝播」という要素について考えたいと思う。

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