「探究とキャリア」についての長い思索の旅路 – ⑤「マイメンター」 の実践を振り返る:Howに横たわるコンセプト、そして探究の熱

先日、とある基礎自治体の教育委員会から、Teach For Japanの7期フェローの肩書きで、キャリア教育について講演の機会をいただいた。今回機会をいただいたことで、少なくとも私は、たかだか3年間しかなかった現場経験のなかでも、好き勝手やらせてもらったさまざまな「再現不可能」ともいうべき実践たちと、その根底にある考え方を、つなげて整理できた感覚があった。とてももったいない気がするので、その時の資料をもとに、あらためて気が向くままに文字に起こしたら案の定とてつもない文字数になったので、分割しておいた。

※ちなみに2025年11月に①〜③を書き上げ、その後半年ほったらかしてしまい、ようやっとその続きを5月以降に書き出すことができた。

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前の章では、さらにそれより前の2つの章で見てきた「探究」と「キャリア」という概念を踏まえつつ、私がTeach For Japanのフェローとして公立中学校の英語教員として過ごした3年の間に取り組んだ実践たちの、それらの背後にあったコンセプトについて説明してきた。それらを通して私は「コンセプト」を、「目の前の課題を解決して、よりよい価値をもたらすために、大切にしたいこと」と定めた上で、それはつまり「物語」を編むための中核的なテーマとなりうるものだ、ということを国立教育政策研究所の資料を引用したうえでまとめた。キャリアは、個人の探究の物語であり、そしてキャリア教育は、学校における探究的な学びの物語となる。その学びの物語を価値あるものとして見出すEvaluationの視点に立った評価にこそ、物語の仕立てと編み直しの指針となる「コンセプト」が大事になるし、それは各学校の、その時の児童・生徒や取り巻く環境といった文脈によって変わりうることを述べてきた。

そんな前章で扱ったのは、1年目のPepperプログラミング教育、2年目の農業ビジネス体験、そして2-3年目の生徒会顧問教員としての実践だった。しかし、私のたかだか3年しかない経験の中でも、最も心血を注いだとも言える実践については触れることができていなかった。それが、3年目に実施した、社会人と中学生の2on1対話セッション「マイメンター」だ。

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「探究とキャリア」についての長い思索の旅路 – ④「コンセプト」をたてる:キャリア教育という「物語」を仕立て学びを編み直す指針として

先日、とある基礎自治体の教育委員会から、Teach For Japanの7期フェローの肩書きで、キャリア教育について講演の機会をいただいた。今回機会をいただいたことで、少なくとも私は、たかだか3年間しかなかった現場経験のなかでも、好き勝手やらせてもらったさまざまな「再現不可能」ともいうべき実践たちと、その根底にある考え方を、つなげて整理できた感覚があった。とてももったいない気がするので、その時の資料をもとに、あらためて気が向くままに文字に起こしたら案の定とてつもない文字数になったので、分割しておいた。

※ちなみに2025年11月に①〜③を書き上げ、その後半年ほったらかしてしまい、ようやっと④を2026年のGWに書くことができた。

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前の章では、アントニオ猪木さんがリング上で語る詩「道」やスガシカオさんのProgressの歌詞から、計画された偶発性理論、Well-beingの4因子といった学術モデル、ビジネス界で多用されるWii/Can/Msutモデルや山田ズーニーさんの「考えるシート」から引用したキャリアモデル、さらには文科省が示すキャリア教育の基礎的・汎用的能力といった、私の考え方に影響を及ぼしたことがらを引用していった。それらの引用によって導いたのは、キャリアを考える営みが探究的であるということ、そしてその本質が、選択の自己決定、あるいは物語の辻褄合わせである、ということだ。どうしても「未来からの逆算」に終始しがちなキャリア教育において、実は「過去からの積算」による「いまここの自分の理解」の視点も欠かせない、いやそれどころか、その視点の方がよっぽど大事だ、ということを紐解いたとも言える。

では、その概念をベースにしたところで、どう実践に繋げるのか、というのが問題なわけで、この章では「概念」を「実践」にどう落とし込むかについて、私の実践を例に書き出していこうと思う。そのキーとなる概念が「コンセプト」だ。

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「探究とキャリア」についての長い思索の旅路 – ③「キャリア」をめぐる見方・考え方 : 「よりよい在り方」につながる選択と物語

先日、とある基礎自治体の教育委員会から、Teach For Japanの7期フェローの肩書きで、キャリア教育について講演の機会をいただいた。今回機会をいただいたことで、少なくとも私は、たかだか3年間しかなかった現場経験のなかでも、好き勝手やらせてもらったさまざまな「再現不可能」ともいうべき実践たちと、その根底にある考え方を、つなげて整理できた感覚があった。とてももったいない気がするので、その時の資料をもとに、あらためて気が向くままに文字に起こしたら案の定とてつもない文字数になったので、分割しておいた。

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前の章では、探偵ナイトスクープの動画に端を発して、「探究」についての見方・考え方を深めた。動画からまとめた5つの要諦(好き・肯定・仮説・専門知・伴奏者:詳しくは前章を見てね)は、私のキャリアの中でも欠かせない外部活動であるNPO青春基地のフィロソフィーがあるからこそまとめられたものだし、2030年の学習指導要領改定につながる議論にも見られた。さらにはMIMIGURIの安斎さんの論考からも、そして現状の「総合学習」や「総合探究」に理念づけられている考え方からも、「問いと関心を持ち、学びを前に動かし、だれかと共に進む、そんな自分を知る営みとしての探究」ということが言えることを考えてきた。つまり探究とはキャリア。では一方で私は、「キャリア」という言葉をどう見通しているのか。それを書き出していきたいと思う。

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「探究とキャリア」についての長い思索の旅路 – ②「探究」の5つの要諦 : 対象への探究が、自分自身の探究に、つながり・広がる過程

先日、とある基礎自治体の教育委員会から、Teach For Japanの7期フェローの肩書きで、キャリア教育について講演の機会をいただいた。今回機会をいただいたことで、少なくとも私は、たかだか3年間しかなかった現場経験のなかでも、好き勝手やらせてもらったさまざまな「再現不可能」ともいうべき実践たちと、その根底にある考え方を、つなげて整理できた感覚があった。とてももったいない気がするので、その時の資料をもとに、あらためて気が向くままに文字に起こしたら案の定とてつもない文字数になったので、分割しておいた。

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前の章では、自分のこれまでのライフストーリーをただつらつらと書き起こした。実際の講演ではスライドでそれを見せながら示したのだが、そこでは自分がどんな人間なのかを示したかっただけでなく、それぞれの経験のなかで、自分自身が「正解なんてないような問いを探究し、それを面白がって取り組んでいたら、楽しくなっちゃった」ということ、そしてそれらの経験がまた、他の経験に結節していった、ということを示した。そのキーワードが「プロジェクトという生き方」「探究というキャリア」だった。ここを、もう少し、私発信じゃないソースから解き明かしたい。

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「探究とキャリア」についての長い思索の旅路 – ①プロジェクトという生き方、探究というキャリア : 私の「誇らしい過去」から

先日、とある基礎自治体の教育委員会から、Teach For Japanの7期フェローの肩書きで、キャリア教育について講演の機会をいただいた。たかだか3年しか、しかも担任を持たない臨時的任用講師の任に就いていただけの私が、恐れ多くもその自治体が設置する義務教育の学校、そしてその自治体に在する高校の、キャリア・進路に関係する先生たちの前で話すというのはなんとも恐縮だった。

だが、そのお誘いをしていただいた方とは10年以上にわたってのご縁があり、そして私の3年間の実践と、その発信を見守ってくれていた。だからこそ、実践とその背景にある思索をもって、私をスピーカーに推挙してくださったと思っている。迎えた当日、ギリギリまで完成をみなかったスライドとともに、90分間を爆速で話してしまったため、きっと聞いていた先生方にとっては、未消化な「?」だけが大いに残ってしまったのではないかと反省している。それでも、今回機会をいただいたことで、少なくとも私は、たかだか3年間しかなかった現場経験のなかでも、好き勝手やらせてもらったさまざまな「再現不可能」ともいうべき実践たちと、その根底にある考え方を、つなげて整理できた感覚があった。

とてももったいない気がするので、その時の資料をもとに、あらためて気が向くままに文字に起こしておきたい。と思ったら案の定とてつもない文字数になったので、分割しておいた。

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長い思索の旅路の入り口として、私のこれまでのことを語っておきたい。長い長い自己紹介だと思って読み流してもらえればいい。けれど、この思索の旅路の裏側には、これまでの私の経験が息づいている。

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