実家に帰って半年経って気づく、「長距離通勤の条件と変化」

週末、ゆるゆるとブログを書きたい気分になりまして、こんな感じで書いております。

故郷の古河に戻り半年以上が過ぎました。現在、1時間半通勤を毎日のように行っています。

こんなのをFacebookでネタとしてつぶやきまして、その「織り姫に会えない」という下りについてはどうでもいいとして、ポイントは「利根川と荒川を毎日のように超えている」という部分。我が同僚(というか上位職級者)をして、こうもいわしめるほどの距離です。

あれは、正気の沙汰じゃない

私も、試しにやってみようと、ノリで始めたものの、3ヶ月くらいで挫折するつもりが半年以上も続き、それどころかまだこれからも続けられそうに思えるくらいです。なぜそれができるのか。それはひとえに、また条件がそろったからだと言えます。私はかつて、長距離通学をしてきた人間ですし、それをまとめた件の記事は未だに検索されて読まれているようですが、その当時の条件は未だに当てはまりそうです。

今回は、「条件」と「変化」を3つずつ、書きたいと思います。だれかの役に立ちますように。

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東京銭湯コレクション ver.2.0

注1:本当はこの記事、2014年3月に書き始めて、そのまま放置し続けてようやく完成しました。

注2:2015年11月8日にランキング更新しました。追加もあるため改めて順位を見直しました。

ソーシャルアパートメントでの一人暮らしも2年半を越えた。キッチンが共用でもほとんど使わないし、洗濯機が共用でもネットを使えば気にならないし、乾燥機が共用でもコインランドリーは近くにあるし、シャワーが共用でも大した話ではない。

ただ、ゆっくりと足を伸ばして風呂に入るというのは必要だった。学生時代も、独りではもちろん、バイト先の同僚やサークルの仲間たちと、よくスーパー銭湯に行ったものだが、その欲は社会人になっても同じだった。毎週日曜日の夜の銭湯に行く習慣はもう板に付いた。体をゆっくり温めることはもちろん、前の週の疲れを取り除きつつ、次の週への頭と心の切り替えに必要なのだ。

で、問題はどこで入るか、である。

実は私は、若干潔癖性なところがあり、古い銭湯は苦手である。だから、入る場所は選んでいて、しかも限られている。やっぱり綺麗なところがいい。でも銭湯でそんなとこあるのだろうか。

東京にはここ数年以内でリニューアルしたキレイな銭湯が結構ある。まとめサイトにも、結構掲載されているが、ここではあくまでも私の個人的な好みでランキングをお示ししたい。

  • 第10位:目黒区・学芸大学「千代の湯」
  • 第9位:文京区・本駒込「ふくの湯」
  • 第8位:目黒区・中目黒「光明泉」
  • 第7位:大田区・蓮沼「はすぬま温泉」
  • 第6位:中央区・八丁堀「湊湯」
  • 第5位:目黒区・武蔵小山「武蔵小山温泉 清水湯」
  • 第4位:大田区・西蒲田「改正湯」
  • 第3位:品川区・戸越銀座「戸越銀座温泉」
  • 第2位:練馬区・桜台「久松湯」
  • 第1位:品川区・北品川「天神湯」

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人事半年のなぐりがき:就職活動の時期と「研究」で思うところ

ちょっとまたシリーズものを書きたくなりました。最近ブログに記事を残していないのですが、本来は「そんなことをする暇があったら仕事しろ」と多方面から言われることもわかっています。ただ、こうして、書きなぐっておかないと気が済まないわけで。そしてご存知のことと思いますが、自己顕示欲の塊のような私は基本的に「誰かに分かってもらいたい」と思うことを多く抱えています。
人事になって半年が過ぎました。それはもう、思うところは多いです。本シリーズで記載をすることは、あくまでも個人の見解で会社の見解ではありませんが、とはいえこうして世に出すことによって誰かに気づかれ、そして誰かの共感を生んだとすれば、それほどうれしいことはありません。
さて、最初に書きたいと思ったのは就活の期間。たぶん、みなさん翻弄されたわけだし、代案を示すから文句くらい言ったっていいでしょ、と思うので、書いてみました。

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「つらい」が聞こえなくて

居ても経っても居られなくなり、当然やるべきことは多いのですが、ここに気持ちを残しておきたいと思います。直接の接点はそこまで多い訳ではありませんでしたが、思い返しながらネットを徘徊すると、寂しさがこみ上げます。

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携帯電話を失くして1ヶ月が経ちました

そして本日5月5日に、中古で発注していたiPhone5が届き、無事携帯電話が復活しました。ご迷惑をおかけした皆様、申し訳ございません。

さて、1ヶ月も携帯電話がない生活を送ると、さすがにいろいろなことを思うもので、思い出せるだけ書き溜めておきたいと思います。

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ソーシャルアパートメントに暮らしています。

ご無沙汰しています。こんばんは。明日も仕事だというのに、今日の文筆欲は止められませんでした。久しぶりにブログを書いてみたいと思います。

さて、「卒業政策」シリーズを最後にブログの投稿はしていませんでしたが、社会人生活が始まり2ヶ月が経ちました。つい先日、仮配属先も確定して、そこでのOJTを行っております。新卒導入研修では、同期全部で36人とともに、座学からグルワ、徒歩ラリーに飛び込み営業などを行いました。毎日なかなか夜が遅くなることが多く、そのため明らかに実家から通学するのは明らかに無理な話でした。

んなわけで、引っ越しをしたのは大正解でした。引っ越し先は、東京都大田区蒲田。

4月1日から、ソーシャルアパートメント蒲田という物件に住んでおります。シェアハウスはいま話題ですが、複数ルームのアパートの部屋を少人数でシェアしたり、一つの家を5、6人で共有するタイプのシェアハウスは、私のライフスタイルから考えて以下の点で無理があります。

  • 水回りの掃除が面倒
  • 風呂の時間が限られる
  • 食事が自分のつくりたいときにつくれない
  • 当番制のタスクができる時間に帰って来れない

「んじゃ別に普通の一人暮らしでいいじゃないか」と思う方もいるかもしれませんが、なにより一人暮らしは初期費用がめちゃくちゃかかりますし、東京23区内で必要最低限で安い物件を探すのもなかなか難しいものです。

そこでネットでであったのが、ソーシャルアパートメント。以前社宅だった建物など、一人暮らし用アパートとしてつくられた訳ではない建物をリフォームして、複数人で水回りとリビングをシェアする暮らしをします。自室はカギがかけられるワンルーム。よく昭和時代を描いたドラマで登場するワンルームのアパートとは明らかに別物で、非常に快適な生活を営んでおります。

なにより、2ヶ月経ってもいまだに自炊ができていないほどに面倒臭がりや、かつ夜の遅い私のライフスタイルにおいて、自分の部屋は「服を収納出来て作業デスクがあって、なにより寝れればそれでOK」という場所ですから、5畳程度の私の自室は本当にちょうど良いのです。

なにより嬉しいのが、水回りや共有部の清掃は、専門のスタッフがやってくださるのです。つまり、係決めをして掃除担当をする、などといったルールは一切ありません。とにかくお互いに快適に生活出来るような気遣いと、お互いに生活を楽しむコミュニケーション力があれば、ラクチンな生活が営めます。


それでは、私が暮らすソーシャルアパートメント蒲田を少しご紹介しましょう。

もとは歯医者さんだったらしい建物。入り口を入るとすぐにリビングです。共用パソコンもあり、テレビもあり、ソファもあり。みんなで共有している書籍やお酒もあります。私はいつも帰りが遅いのですが、標準的な時間に帰ってくれば、必ず誰かがいます。週末は飲み会になることもしばしば。

入り口を入るとリビング リビングでテレビを見ながら作業 リビングの様子

キッチンはそれなりに広いので、きちんとした料理がつくれますが、私はまだ料理をしたことがありません。冷蔵庫は共有のものがキッチンに、そして個人のものが自室にあります。冷蔵庫だけでなく、お皿や食器、調理道具もそろっているので、買い増す必要はありません。

キッチンは十分な広さ(しかし料理はまだしていない)

さて、自室をご紹介しましょう。私の部屋は5畳程度の狭い部屋ですが、ロフトベッドであるおかげで収納スペースは確保されています。キャンプ企画などで、代々木オリンピックセンターのA棟の個室に慣れているため、寝て作業して、という用途であれば非常に十分な作りになっています。

自室の様子 無印で買ったスリッパは洗濯可能

これでもキレイな部屋のほうらしい 作業机がものであふれています

シャワーは3つあり、うち一つは湯船もあるのですが、平日は基本的にシャワーを浴びるのみです。でも大丈夫。大田区蒲田には、温泉が湧く銭湯が多くあり、歩いて5分のところにも一つ温泉銭湯があります。今日も、入ってきました。珍しいといわれますが、この生活になってから、手ぬぐいとアレッポ石けんで全ての洗浄をまかなっています。

基本的にアレッポ石けんで全身のシャワーを済ませます 手ぬぐいだけが増えていきます

さて、階段をあがってみましょう。この物件には18人が住んでいて、4つの階の全ての部屋が満室状態です。だからさまざまな住人がいて、非常に刺激的な日々を過ごしています。住人によっては、生活のアクセントになるようなものを置いてくれる人もいます。

建物は4階建てです こんなかわいいものもあります

私のお気に入りの場所は、屋上です。週末はたいがい昼に起きて洗濯物をして夕方出かけるという生活ですが、洗濯物や布団を干すために屋上にあがり、晴れている日はそのままハンモックで日光浴をします。この時間が非常に優雅でうれしいひとときです。

お気に入りの屋上 ハンモックでゆっくり過ごすのが週末のたしなみ

洗濯とそれを干すのが趣味です グリーンカーテン、育つかなあ


こんな環境で、一つ屋根の下、だいたい新卒年齢から30代前半までの人々が暮らしています。会社もバラバラ、生活スタイルもバラバラながら、みんな仲が良くて、誰かがいる環境を望んで、集まっています。そして、考えていることや取り組んでいることを話したりしながら、みんなで楽しいことをして過ごしています。

なぜかこの蒲田の物件では、私が「世間が狭い体験」をすることが多く、例えば…

  • 先日結婚した元住人の奥さんと僕が大学時代に同じ授業を受けていた
  • 住人の会社の後輩が僕の大学時代の友人
  • 住人の高校時代の後輩が僕の大学時代の友人
  • 住人の実家が僕の実家から徒歩5分圏内

という、めちゃくちゃ希有な体験をしています。

入居前日は、入社前日でもあったため「ちゃんと生活していけるかどうか」と、かなりの不安を抱えていました。しかし、そんな不安はすぐに吹き飛びました。蒲田という場所の雰囲気も相まって、もはや私にとって居心地のいいホームと化しています。

おかげさまで、まだ生活上の不満は出ていません。まぁこれから思うところもあるのかもしれませんが、僕はこの環境で、なんとかこの先もやっていけそうです。


10月になって、研究を考える話

夏休み中にはブログを更新するつもりがあったのに、その記事を準備していた9/1からはやくも1ヶ月が過ぎてしまいました。着実に年齢を重ねていることを感じる一つの現象に、時間が短く感じることがあげられるでしょう。それでもまだ若いと言えるのは、やれ仙台、やれ京都、そういう遠いところへも鈍行電車で行けてしまうことでしょうね。実際、この前の夏休みのうち、9月は毎週末、仙台・京都・伊豆・箱根と、遠出ばかりしていました。

「10月から本気出す」という文字が踊ったであろうネット界隈にどっぷり浸かってしまいながら、いよいよ10月も1週目がすぎてしまいました。夏休みの計画などすべて倒れたままになり、そのまま気分も夏のままに秋を迎え、いろいろなことが降り掛かってきます。テンションが切り替わらないことは本当に危険なことです。

なにせあと10日もすれば修士中間発表です。修士研究の計画は計画倒れになるんじゃないかというくらい進んでおりません。まだ、データがあるだけいいですが、分析を進めるにもどう分析すればいいかなんて分かりませんし、また僕は本を読むのが苦手なので、知識を貯えることが本当に難しいです。お世話になっている先生が、修士論文は「これだけ勉強しました、ゆるしてください」というためのものだと言っていましたが、許しを請うほど自分の主たる研究テーマについて文献を読んでいないというのが現状です。ああ、つらい。

主たる、と言いましたが、実は私はこの夏に2回学会発表をしており、うち1回は自分の研究テーマとはまったく関連しない、しかし関心領域と合致する「活動」について発表してきました。あの、prayforjapan.jpの多言語翻訳プロジェクトです。自分自身があのプロジェクトに関わりながら、その責務を果たせなかったことへの後悔がいまだに残っていながら、発表を通じて多くの反響を得たことで、自分の活動の意義を再確認することにつながりました。そしてあらたな責任も生まれました。

考えてみれば現在までで、大小あわせて4つの学会発表を修士の間に行い、うち2回は自分の研究テーマとは異なります。どうしてそうも頻発できるのか、と考えたところ、自分の主な研究テーマである「英語インタラクティブフォーラム」を含め、すべて実践が先にあるもので、理論による価値付けを後追いで行うという形で無理矢理研究に化けさせるということをしていることに気がつきます。社会に通じるものとしての研究、自身が感じる問題を解決する手段としての研究、というスタンスにたてば、かなりSFC的であるといえますが、しかし学問とは本来は知を重ねることで、まっとうに勉強し研究されている方々を目の当たりにすると、ますます僕は職業研究者には向かないな、と思うのです。

この間、研究室で先生と話しながら、遠藤は研究の社会的価値付けや突飛な方法論を思いつくのは得意だ、という話になりました。確かに僕は、自分の研究を棚に上げておきながら、かつこれまでの学問の蓄積を度外視しながら、しかし自分ならこうするだろう、という方法を思いつくことに長けていると思います。それはものすごく面白いことながら、しかしものすごく危なくてもろいことだと思います。でもこれを、どこかで活かせるようになったらいいいな、と思います。

大学院は何のために過ごすのか。それはプロフェッションを身につけるためだと思います。そう考えると、私は何のプロフェッションを身につけたのだろう。

10月1日の内定式が延期になったことで、より自分が4月からリサーチ会社で働くということについて意識するようになりました。僕は職人志向が強い方だと思うので、圧倒的なオンリーワンの人間を目指したいと思っていますが、しかし僕は何のプロフェッションがあるのだろうと考えるようになるのです。そして思いつくのは、「実践のプロフェッション」と「アイディアのプロフェッション」なのだと思います。つまり、なにかの学問領域を専攻として極めた意識はこれっぽっちもなく、むしろなにか強烈な社会意識に基づいて体を動かしていた方が長かったと思います。決して仕事は速い方ではありませんが、フットワークの軽さには定評があります。その点で、SFCの大学院が僕にくれたのは、いわゆるSFC的な人間になることをさらに追求する環境だったのかもしれません。

しかし、つべこべ言わずに研究に埋没する必要がある今、早く夏時間から自分を戻して、ただ悶々と考えることで体を温める冬にモードを移さなければいけません。うう、いやだいやだ。

 


学費のクラウドファンディング「 #studygift 」について思ったこと

話題になった、学費のクラウドファンディングについてのつぶやきがFacebookに反映されなかったので、いっそブログにまとめてはっつける。
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studygift の件だけど、「坂口さん本人について」と「プラットフォームのあり方について」と「学費と大学選択について」と「学費と奨学金制度について」と、論点は分けて考えた方がいい気がしている。もちろん後者三つは相互関連性が高いのは当然だが。

「坂口さん本人について」は、正直よく知らん。でもこれってCampfireとかJustgivingみたいなものだという観点からすれば、坂口さん本人を応援したい人は応援すればいいと思うし、少なくともググタスで一番になっている時点で素直にすげぇとは思っている。

「プラットフォームのあり方について」1:僕は大いにアリだと思う。応援したい人が応援を受けたい人を応援する、ってだけの話で、税金みたいにみんなのお金が出るわけじゃない。しかも、応援したい人が増えれば増えるほどパイは広がるから競争という訳じゃないと思う。

「プラットフォームのあり方について」2:でも応援を得るためには努力が必要。多くの人が、悪く言えば恣意性をもって、顔が見える形で資金を投資するのだから、目標設定やビジョン、経過報告は必要になる。でも、それが学生自身の学びのブラッシュアップになると思う。

「プラットフォームのあり方について」3:でも、本人の努力を要すると言う点では新自由主義的な考え方とも言えるから注意はしたいところ。本当に手を差し伸べるべき人には奨学金を。クラウドファンディングで応援を得られる人にはクラウドファンディングを。

「学費と大学選択について」:当然国公立が安いわけだけど、だからといって求める学びが国公立にあるとは限らない。学費が高いからって私学が選ばれないとすれば残念だし、それ以前に親に負担をかけて大学に行くことが当然になりながらも後ろめたさを感じる学費の高さは怖い。

「学費と奨学金制度について」:だから奨学金制度があるわけで、学生がお金を心配せず学業に打ち込むことが目的なのも分かる。でも昨今、ABCDの学業成績や研究実績だけで大学生の学びを測るのは少し時代遅れだから、別の観点で評価して資金調達できる仕組みはあってもいい。

で、「だれかがすることへの賛成/反対」を言うだけでは全く無意味なので自分にできることを考えると、プラットフォームに賛成しているから応援資金を出したいところだけど、他人に出すお金があったら自分に回したいから、働いて学生支援機構奨学金を返すまで待ってください。
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特に最後の、他人事について賛否を論ずるより自分ごととしてできることを考えろっていう主張は、最近よく考えることなのだ。