2023年は「マイメンター」を一緒に取り組むパートナー教員を探したいと思う

2022年がもうすぐ終わるので、振り返り記事を書こうと思ったものの、さらっと書けそうなライトなネタには乏しく、2022年の大きな変化であった「障害者雇用担当」としての仕事に関する振り返りを書くには腰が重いように感じている。でも、このタイミングにつけこんで、何か文字化しておきたいという衝動に駆られたこともあり、先んじて2023年の目標を一つ掲げておこうという気になった。

2023年は、教員時代の最後の1年に取り組んだキャリア教育実践「マイメンター」を、学校現場に本気で導入したいと思う現場の先生を探したいと思う。

2023年の3月までにパートナーが見つかれば、もちろん2023年度中に実装できる。ただ、そんなにすぐにことが動くとも思えないので、遅くとも2024年度に実装できるようにしたい。そんな見通しで動いていこうと思っている。これに限らず、2023年も教育現場に関わりを持てるようなアクションを、どこかの団体に属するでもなく、フリーランス的に取れたら、と思っている。 続きを読む

最近の「ゆるやかな生きづらさ」について:②交流会での初対面が苦手

「生きづらい」ということばが、さまざまなところで聞こえてくる世の中になった。それまでの世の中では顕在化しにくかった、あるいは、表出させづらかったさまざまな「生きづらい」を、世に放っても受け止めてもらえるようになったのかもしれない。あるいはそもそも、世の中に発するための方法が多くの人の手に渡ってきた、とも言えるかもしれない。

しかし、依然として「生きづらい」というのは、大きなもの・深いものと捉えられるように思えていて、そしてその「生きづらさ」に対してさまざまなラベリングがされるようになってきたが故に、そのラベリングにハマらないものは、かえって「生きづらい」というには及ばないようにも思える。きわめて個人的な、うっすらと感じる「生きづらさ」を発することが、かえって申し訳ない、と思うほどに。

しかし、いかにそれが、うっすらと感じる「ゆるやかな生きづらさ」であったとしても、自分にそうした感覚があることには違いなく、その「ゆるやかな生きづらさ」を、どうにかやりくりしながら、それでもなんとか生きている。共感してほしい、というよりも、自分はただ、そうした「ゆるやかな生きづらさ」を、受け止められる存在でありたいと思うが故に、ただここに、吐き出しておきたい。

そんなシリーズ。2本目は「交流会での初対面が苦手」という、「ゆるやかな生きづらさ」について。 続きを読む

新しい風が吹く、古くからの場所で – #宮古島大人の修学旅行 2022 のレポート

宮古島に、友と新しい出会いとを訪ねてきた。

人生で3回目になる宮古島の訪問、以前と今回のいずれも 三浦孝文 さんと 安部孝之 さんの呼びかけによる交流会への参加が主な目的だった。今までと違い、今回は「人事」という文脈から少し離れたビジネスパーソンたちによる集まりだったが、ただ離島に行って「ウェイ」となるのではなく、宮古島で何かのチャレンジに向かっている人との出会いを通じて、参加者たちが「関係人口」になっていくような仕掛けが用意されていた。私の過去の学びは、以下の記事からも読んでもらえる。

#人事ごった煮 宮古島交流会レポート: 「ソトのこと・ナカのこと」

宮古島での「 #人事ごった煮 」交流会の振り返り

そして、参加者の文脈を少し広げた今回、そのタイトルは「宮古島大人の修学旅行2022」となった。修学旅行は、その記憶に残るのは仲間と共に楽しく過ごした時間であるのが常なもので、「修学」の要素は案外記憶から遠のきやすい。しかし私は、生真面目さが故だろうか、「修学」の要素から何かを得たいと感じることが多い。さて、今回私は、何を感じたんだろうか。また帰りの飛行機の中で、考えを巡らせてみようと思う。 続きを読む

目分量の日常 – ここのところの料理習慣をめぐるいろいろ

物書きをしたい衝動に駆られ、テーマを募集したところ、いくつかのトピックが寄せられた。その中に「生きてきて一番美味しかった食事の時間」というトピックがあった。そこから発想を広げ、料理のことを書こうと思い立った。そこで思い浮かんだのが「目分量の日常」というタイトル。このタイトルと、冒頭のトピックだけを構想に携えて、どこに着地するかわからないエッセーを書き出してみたいと思う。 続きを読む

最近の「ゆるやかな生きづらさ」について:①酒が飲めなくなった

「生きづらい」ということばが、さまざまなところで聞こえてくる世の中になった。それまでの世の中では顕在化しにくかった、あるいは、表出させづらかったさまざまな「生きづらい」を、世に放っても受け止めてもらえるようになったのかもしれない。あるいはそもそも、世の中に発するための方法が多くの人の手に渡ってきた、とも言えるかもしれない。

しかし、依然として「生きづらい」というのは、大きなもの・深いものと捉えられるように思えていて、そしてその「生きづらさ」に対してさまざまなラベリングがされるようになってきたが故に、そのラベリングにハマらないものは、かえって「生きづらい」というには及ばないようにも思える。きわめて個人的な、うっすらと感じる「生きづらさ」を発することが、かえって申し訳ない、と思うほどに。

しかし、いかにそれが、うっすらと感じる「ゆるやかな生きづらさ」であったとしても、自分にそうした感覚があることには違いなく、その「ゆるやかな生きづらさ」を、どうにかやりくりしながら、それでもなんとか生きている。共感してほしい、というよりも、自分はただ、そうした「ゆるやかな生きづらさ」を、受け止められる存在でありたいと思うが故に、ただここに、吐き出しておきたい。

そんなシリーズ。1本目は「酒が飲めなくなった」という、「ゆるやかな生きづらさ」。 続きを読む

Teach For Japan にまつわる5つの誤解について – 11期フェロー夏募集に寄せて

認定NPO法人Teach For JapanのCEOである中原健聡さんから久々にダイレクトメッセージが来て、何かと思ったら、TFJのフェローシッププログラムの11期派遣の夏採用がスタートしたことをSocial Mediaで拡散してほしい、という依頼だった。

https://teachforjapan.org/news/fellow-11th-summer-open/

そら確かにタイムラインでシェアをすればいいのだが、私はそれで気が済む人間じゃないし、諸手を挙げて「フェローシップはいいぞ」とだけコメントをすればいいとも思わない。団体に関わっている人間ではあるが、団体の中の人間ではない分、フラットにものを言えると思う。それでも、私はフェローシッププログラムを通じて教員になったことをよかったと思っているからこそ、あえて「5つの誤解」というテーマで記事を書き、リアルをお伝えしながら応募者の拡大に寄与したいと思う。

※記事のサムネイルは、以前組織の広報施策でTakezo氏に撮影いただいた私です。

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ソーシャルアパートメントに暮らしています。2(ネイバーズ東十条の暮らし)

2013年の6月に、こんな記事を書いている。

ソーシャルアパートメントに暮らしています。

それから9年が経った。

もうお気づきかと思うが、3年間の教員生活を過ごした福岡を離れ、東京に居を移している。そしてまた、ソーシャルアパートメント暮らしを始めた。

入居から2ヶ月が経った。まだまだ慣れきれていないが、近況報告も兼ねて、暮らし向きを書き出してみようと思う。

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2022.06.12 – 理想未来宣言:ミライフ・キャリア・デザインを終えて

2022年の3月から、株式会社ミライフの提供する、自分のキャリアと向き合うプログラム「ミライフ・キャリア・デザイン」(MCD)を受講していました。本日、その最終日を終えました。

Teach For Japanのフェロー期間中に抱いた新たな志にやぶれ、それをバネにして「えらんだミチをかたる」という生徒向けのキャリア教育プログラムを企画したくせに、とうの企画者がキャリア迷子に陥り、転職活動で迷走するという状況だった、年明けから年度末にかけての3ヶ月間。本当に自分がしたいことはなんなのかを見定めるため、藁をもすがる思いで飛び込んだ、仲間と共に自分自身について見つめた3ヶ月間。その最終日にあたり、自分の「理想未来」を宣言するプレゼンテーションを行いました。

5分間のプレゼンテーションを、完全に再現はしきれないものの、少し言葉を加えて、どんなプレゼンをしたかをご紹介します。先に言えるのは、開き直った結果、今までの自分の在り方の延長線上に、在りたいように在ればいい、ということに気づけた、ということです。

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学年通信文学「学年教員のえらんだミチ – ⑦遠藤忍先生」

教師の職を離れて3ヶ月が経ちました。新しい環境で、新しい仕事についていますが、ときおり思い出すのは、学校での日々。その日々において、毎週欠かさず行っていたのが、学年通信を書く仕事でした。年間40号程度を発行し、毎号かるく2,000字程度を執筆してきたのですが、ネタさえあれば苦には思わず、楽しんで書いてきました。そのうちの一部は、このブログにも掲載しています。

さて、2021年の年末ごろから、私は、学年に所属していた私以外の5人の教員と、学年につきっきりになってくださった介護支援員さんと、そして年度末で定年退職をする学校長の、合計7名のインタビュー記事を作成しました。シリーズ名は「学年教員のえらんだミチ」。2021年度には、社会人と中学生の2on1キャリアセッション「えらんだミチをかたる」を実施していたので、この学習活動のタイトルにひっかけ、学年教員たちが、どうして現在の「えらんだミチ」に至ったのかを紐解いていきました。

先生方にあらためてじっくり話を聞き、その人を突き動かすものに迫った上で、私の目線で編集をするというプロセスは、とても豊かな時間だったと思い返します。残念ながらそれらの記事はここには掲載できませんが、今回は、ひとしきり全員の記事を書き終えたのちに、自分で自分のインタビュー記事を作成した、私に関する記事を掲載します。

毎回、印刷前レビューをしてくださっていた教頭には、「なんだか、遠藤先生のものが、いちばん『迷っている』感じがするね」と言われました。そう、その当時の私は、迷っていたんですね。でも、その「迷い」も、教員の一側面だったと、今では思います。 続きを読む

OriHimeが教室に来た話 – 道徳「『障害』を越えて – OriHimeパイロットたちの希望」

2019年の4月に出会い、そこから3年にわたって、学年団副担任・英語科教科担任として関わってきた45名の生徒の卒業を見届けて、早1ヶ月以上経ちました。彼らがすでに営みを始めている、それぞれがえらんだミチにおいて、より豊かに生きていけることを願ってやみません。

この45人との日々においては、メンタルブレイク寸前に至ったこともあったし、突然の休校に迫られたこともあったし、コンセプトのもとに集った生徒たちの自主性に感動したこともあったし、成長の尊さと、生身の思春期の人間に向き合うことのしんどさを、この3年間でだいぶ感じてきました。そんな45人の生徒たちの良さを、多くの同僚は口を揃えて「いたわり・やさしさ」と表現していました。

この記事は、この「いたわり・やさしさ」という良さに対して、あえて揺さぶりをかけることで、それでもやはり「いたわり・やさしさ」、いや、「おもんぱかり」を持って、それぞれの進路に進んでほしい、という私の願いから実践した、道徳の授業「『障害』を越えて – OriHimeパイロットたちの希望」に関する記録です。背景や経緯と、授業の進行を、それぞれ章立てしていますので、目次からご覧ください。

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